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それから私は、街道をひたすら北へと歩いて、大きな街を目指した。食べ物も金も持ってなかったから木の実やなんかを食べて旅をした。木の実が無いときは村へ入って食べ物や金目のものを盗んだ。 その頃にはもう、悪いなんて思わなくなってた。 両親に対する悲しみが、憎悪にかわるのに時間はかからなかったよ。どんな事をしても生きて、生きぬいて、復讐してやると心に決めていた。 母に刺された傷が膿むたびに、肌に爪を立てて、憎しみを深く刻みつけた。 大きな街に、ぼろきれのようになりながらも辿り着いた私は、一人の女性に出会った。 街に着くなり倒れた私を拾ってくれたその女は、私が行き場のない事を話すと、仕事を手伝うなら家に置いてくれると言った。 女の名前はファラ。すりを得意とする盗賊だった。 次の日から私はファラと一緒に仕事に出た。私が標的の気を引いている間にファラが仕事をする。これが面白いくらいに上手くいった。 ファラとの生活は楽しくて、いつも感じていた両親への憎悪を一時的に忘れる事ができた。仕事で予想以上の収入を得た時は、二人で祝杯をあげて朝まで騒いだりしたよ。私の酒好きはこの頃からかな。ファラと一緒にいるのは姉ができたようで本当に嬉しかった。 でも、楽しい時間はすぐに終わりを迎えた。 何ヵ月かたったある日、私とファラはいつもどおり仕事のために市場を歩いていた。それとなく視線を巡らせて獲物を探していたんだ。 ほどなくして、私達は一人の男に狙いを定めた。私は露天の品を物色してるふりをして男に近づいていった。男が品物に手を伸ばした瞬間、私も同じように手を伸ばし、男が取ろうとした品を掴んだ。 男が軽く目を見開いて私を見た。私も、驚いたというように男を見る。斜め後ろから、ファラのしなやかな手が男の腰へと伸びた。 次の瞬間、市場にファラの悲鳴が響いた。男がファラの手を掴んで強くひねりあげていた。 私はとっさに、店に売られていた花瓶で男を殴り付けた。男が怯んだすきにファラが逃げる。しかし、今度は私が手を掴まれていた。 そのまま、私は街の役人に引き渡された。 「馬鹿な奴だな。さっき逃げていれば痛い思いもせずにすんだのに」 男はそう言って私を嘲笑った。 私は男を睨み付けて言った。これでいいんだ、と。実際ファラが逃げれて良かったと私は思っていた。 二十四、五の均整の取れた体躯の男は、役人が私に刑罰を与えるところを見物したいと言い出した。 何を言い出すのかと思った。役人も怪訝な顔で男を見た。だが、その顔は男が差し出した金貨で卑しい笑みと変わった。 知っているか?すりに対する罰は鞭打ちなんだ。百回打たれる。 壁に顔を向けて手足を縛られ、一人が打つ、一人が数える。その横で、男が愉快そうに見物していた。 焼けるような痛みが背中を何度も走った。硬い皮の鞭が肌の上を跳ねるたび、皮膚が裂け、流れた血が足元にじわじわと広がる。私がもがくと、男が目の前にきて私の肩を抱きこむように押さえた。 新緑の瞳が冷たい色をたたえて私を覗きこむ。 「あの女はお前のことを笑ってるぜ、頭の悪いガキがいて良かったって」 ―――そんなことない。これが終わったら、また一緒に暮らすんだから。 「今頃荷物をまとめているさ。この街から逃げ出すためによ」 ―――そんなことない。 「あるさ、役人に捕まるようなガキと一緒にいたって損するだけだからな」 ―――そんなこと、あるわけない。朦朧としながら、何度も呟いた。男が言うような事にはならない。きっと家で待っていてくれる。 だが、身体を引きずって帰った場所には、何も無かった。 ・・・おいおい、そんな顔するなよ。聞きたくなかったらやめてもいいんだぞ。・・・続けていいのか?・・・
男の名はシャニフという。双頭の鷹っていう盗賊団の頭だった。 ここからは話さなくても想像はつくだろう?私は盗賊団の一員になって働いたんだ。 双頭の鷹のウリは素早さだった。一気に獲物に近づき、仕留め、疾風のごとく去る。 この連中には国の役人も相当手をやいていたらしい。なんせ、動きが迅速すぎて鷹の位置がまったく掴めていなかったんだ。 またそれを挑発するかのように、鷹が王都近くで仕事をするもんだから、当時鷹を捕らえるために九柱将軍が動いているなんて噂もたった。 その中にあって、私は剣技を教えられ、馬の扱いを覚えた。正直に言うとこの頃の事はあまり覚えていないんだ。盗賊団という組織を構成する歯車の一つになって、言われるがまま、盗み、殺していた。目的なんか無かった。ただ、生きているというだけの抜け殻だったよ。 気がつくと、私は十七になっていた。 シャニフが言った一言が、私の目を覚ました。 トリスの街を襲う、とシャニフは言った。奴や団員にしてみれば、これまで襲ってきた街のように食い荒らすだけの街でも、私にとっては生まれ育った場所だ。トリスという懐かしい響きを耳にして、家と両親の事を思い出した。 母に刺された日の出来事が鮮明に脳裏を駆け巡り、心の片隅にあった両親への憎悪が一気に膨れ上がった。 ―――殺してしまおう。 知らずのうちに私はそう呟いていた。仕事をしたついでに殺してしまえばいいのだ。今の私なら造作もないことだ。十二に街を出た時から、いつかは復讐してやると決めていたことじゃないか・・・。 両親は私を見てどんな顔をするだろう。恐れるだろうか、地面にはいつくばって許しを請うだろうか。想像しながら一人、くすくすと笑っていた。笑っている私の瞳から、透明な雫がこぼれおちた。 数日後、私は仲間と共にトリスの街を襲った。 いくつもの火矢が門へ向けて放たれるのを合図に、双頭の鷹は街に雪崩込んだ。 真先に街の役場が燃え上がった、幾つもの恐怖に満ちた悲鳴が響き、その上に凶刃が振り下ろされる。 炎と血に赤く染まり行く街を、私は一軒の家へ向けて馬を走らせた。 真っ白な壁に橙色の屋根をした小さな家は、記憶と寸分違わぬ姿でそこにあった。 <back >next menu |