呼び出したからには何かと思えば、酒が飲みたければ一人でどこでも行けばいいだろう。なんで、私がお前の酒に付き合ってやらなきゃならないんだ。 はぁ?聞きたいことがある? なにを聞きたいって? ・・・右手の、しるし? あぁ、これか。そっか、見られたか。今日の仕事で破れたから誰か気付いたかなぁ、とは思っていたんだ。 まぁ、聞きたいと言うのなら教えてやるよ。いずれ、お前には話そうと思っていた事だし。少し、長くなるかもしれないがいいか? じゃ、その前に、酒を・・・別にいいだろう?話しの前に喉を潤すくらい。 なに?酔った振りして、はぐらかすつもりかって? するか、そんなこと。あんまりうるさいとこのまま帰るぞ。 そう、わかればいいんだ。 さて、どこから話そう。やっぱり最初からかな、そうしないと納得しなさそうだもんなお前は。・・・頭が堅いから・・・。 私が生まれたのは、このロアール王国のトリスという街。かろうじて街と呼べる程度の小さな街だよ。みんな信仰が厚くて、毎朝祖母に手を引かれて神殿にお祈りに行ってた。 街の人間の殆どが顔見知りって感じだから、噂なんてその日の間に広がって、悪さした時なんか、一歩進むごとにお説教されたりして最悪なんだ。 私は、生まれ落ちたその日から住人たちの話しの種になった。理由は、私の容姿に問題があったから。 私の両親は、二人とも髪も目も薄い茶色をしていた。でも、私は金髪に碧い目。こりゃおかしいって誰でも思うだろ?金髪はいい、祖母がそうだったから。でも碧い目は?っていう話しになる。 母は泣きながら言ったらしい。私はけっして浮気などしていないと。 その言葉を父も祖母も信じたかった。でも、私を見るたびに心のどこかが囁く。もしかしたら、と。 そんなしこりを抱えながら時間は過ぎて、私は十二になっていた。 その頃には、私も自分の眸の色がおかしなことには気付いていた。父も母も祖母も、家では絶対その事には触れない。私も何も言わなかった。 でも、一歩外に出れば、人々の咎めるような視線と、小声で交わされる中傷がそこかしこにあった。 母は、綺麗で優しくて、慎ましい女性だと周囲から言われていた。それが、私という存在のせいで、街の人に冷たい目で見られるようになってしまった。 聖女の皮をかぶった女狐だと、皆は言った。よく、恥ずかしげもなく街に住んでいられるとも言った。 悪意のこもった言葉を恐れて、母は外に出なくなった。家という殻にこもって、いつも脅えるように暮らしてた。 私も、学校の帰り道を歩いていると、密通の罪を犯した女の子供だと、聞こえよがしに言われた。 よく、耳を両手でふさいで走って帰ったよ。 家に着くと、母と祖母が夕食の支度をしている。ただいま、と声をかける。すると母はびくりと肩を震わせて私を見る。消え入りそうな声でおかえりなさい、と呟くんだ。 父も母も腫れ物を触るように私に接していた。抱きしめてくれた事なんか一度もなかった。 家庭という本来暖かいはずの空間が、私がいることで異質なものへと歪んでしまったと思った。それが辛くて、悲しくて、何度も両親に謝った。 抱きしめてほしいなんて言わない。愛してほしいとも言わない。ただ、せめて傍にいさせてほしかった。 ある日、家を一人の旅人が尋ねてきた。皆出かけていて、家には母だけがいた。 その旅人は隣と間違ってうちを尋ねてしまったらしく、すぐに立ち去ったと母が言っていた。でも、その様子を見ていた街の人は触れ回った。 あの女が、旅人を家に連れこんでいる。しかもその男は金髪碧眼だったと。 話しを耳にした父は鬼のような形相で家に帰ってくるなり、母を責めた。 「やはり、俺を騙していたのか」 父が怒鳴ると母は真っ赤な目をして否定した。声が枯れるくらい何度も、説明を繰り返した。父も母も限界だったんだ。 父は、信じられるかと叫んでソファに座ったまま動けない私を指差した。 「この娘は、お前が不義を働いた証だろうが!」 叩きつけられた言葉に母も私を見た。母はどんな気持ちだっただろう。無実の自分を地獄へと突き落とす、碧い瞳を持った私を見て。 涙に濡れた瞳は、何も映しておらず、ただ暗い憎しみが一気に燃え上がるのを見た気がした。ふらりと立ちあがった母の、病的なまでに白い手がテーブルの上にあった果物籠からナイフを取り出した。 ナイフを握りしめて母が私の正面に立つ。私は母の血走った瞳に呪縛されて動けないまま、ゆっくりと下りてくるナイフを見つめた。 右胸よりやや上に、それは突き刺さる。私は激痛に悲鳴をあげて母を突き飛ばそうとした。突き出した手を掴まれ、続いて肩に鋭い痛みが突き立つ。痛みそのものが、母の負った傷のように思えた。 涙に揺れる視界、母の肩ごしに父が見えた。 父は、笑っていたよ。母の行為に、彼女の心が自分の下にあると満足したような笑みだった。 私の中で、何とかすがりついていた細い糸が、音もなく切れた気がした。 後の事は覚えていない。目を覚ましたのは神殿のベッドの上だった。 私は真っ白な四角い部屋で寝かされていて、傍には誰もいなかった。身を起こすと、母に刺された傷が痛んだ。 ベッドの脇にそえられている靴を履いて、私は神殿を抜け出し、トリスの街を出た。 >next menu |