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耳を疑った。あの人が死んだ。
他の人も?
物騒な森に悠々と出かけ、あれだけの魔物たちをまったく動じることなく退け、まるで近所に迎えに行くかのように弟を助けた、あの人たちが?
自分でも驚くほどの衝撃だった。幼い頃に、夢とか憧れといった形が、それほどまでに強く心に刻み込まれていたらしい。
ありえない。
あの人たちに限って、そんなことはあるはずがない。
「姉ちゃん、どこ行くんだ!」
弟の叫びを無視して、彼女はどしゃ降りにも関わらず家を飛び出した。あの戦士の・・・バルドの家に、自然と足が向いていた。
と、その時。
「あなた、こんなどしゃぶりにどこへ行くの!?」
楽器のような澄んだ音色の声が聞こえた。
雨の音にかき消され声では気付かなかったが、何気なく振り向いて、セイニーは驚いた。その声の持ち主を彼女は遠い記憶の中で知っていた。
相手もセイニーの姿を認めると、驚きはやがて何かを思い出した表情に変わっていった。
「ティティスさん・・・」
五年たった今も変わらない姿で、あの日出会ったエルフが雨に濡れるセイニーを見つめていたのである。
誰もいない場所で、詳しく話を聞かせて欲しい。
かつては幼い少女だった者がそう言うと、エルフは近くの、農具が収められている小屋に行き、手元からおこした魔法の火で暖をとった。 その表情は、勝気な態度で仲間たちと団欒していた、あの頃とは明らかに違っている。
ティティスは長い時間迷っていたようだ。
だがやがて、ぽつぽつとあれからのことを話しはじめた。
―――村を再び後にした彼らは、その後も大陸中を駆け巡った。
宝を探し、冒険心を満たし、強さと知識を求め・・・彼ら自身の生命を燃やすために。何年も何年も共に歩く彼らには、もはや冒険の理由など無くなりかけていた、そんな頃合いのことだ。
ある場所で、危険な噂を耳にした。ロアール・エルトリア間での動きが、表向きは静かなものの海面下で活発化しているということを。
大きな戦争になるかもしれない。
シャロットはあまりいい顔はしなかったが、バルドやジュランにとっては名を挙げる格好の場だ。大きな街に行き、積極的に仕事を募った。
普通の依頼も多いが、芋づる式に大きな仕事を引き当てることも多い。案の定、身分のある者は動向をある程度知っているのか、特に護衛などの仕事を高い報酬でいくつも引き受けることができた。
ところがロアールからヴァレンへ向かう、ある商隊の護衛を引き受けたときのこと。国境付近で夜襲にあった。
これが、恐ろしいまでの腕の持ち主ばかりだったのだ。
全員が黒ずくめ、獲物は主に細身の剣。数はざっと30人はいただろう。もともと商人に仕えている、形ばかりの護衛の者らではまったく太刀打ちできず、あっという間に10数人の味方は地面に倒れ伏した。
何より恐るべきは、彼らが団体行動として、一糸乱れぬ連携を取っていたことである。
魔物の類であればたとえ数がどれだけ多かろうと、上手くおびき寄せたりこちらの連携次第で切り抜けられるのだが、敵は、数だけでも自分らの3倍。個々での技術が高く、さらに4人一組での行動で確実に息の根を止める、その手腕。
彼らを率いている者の能力の高さがうかがわれた。
決してただの夜盗などではない、この者達はいったい・・・?
「おまえ達は、雇われた者か?」
闇がそう聞いた。言葉を発したものの姿を見ることはできなかったが、予想以上の若い声だった。
気がつけば守るべき主人も含めて、残っているのは自分たち4人だけになっている。相手を束ねている長は、そんな彼らがただの冒険者だと気付いたらしい。
「だったらなんだというんだ」
バルドが見た目にも苛立った声で答えた。
どれだけ足手まといだったとは言え、引き受けた依頼をまったく遂行できなかったことに・・・一方的に敗北を突きつけられたことに・・・ひどく怒りを感じていたらしい。相手が見えない場所にいたからとて、間違っても怯むような彼ではない。
「むやみに殺すつもりはない。腕も立つようだからな。投降するか、この場をすぐに引き上げるのなら、命は助けてやる」
あれだけ殺しておいて今さら・・・とシャロットは思ったが、口には出せなかった。
その尊大な言い方は、実力に裏打ちされているからか癪に障るどころか、むしろやけに説得力があるようにも聞こえる。雇われ者には用はない、しかし腕は認めてやるから、今度はこちらで働けばいいだろう。そういうことらしい。
だが。 四人の誰一人として、助けてもらうために命乞いするという気持ちは、欠片も持ち合わせていなかった。
戦士二人の体力も、僧侶の癒しの力も、エルフの魔法も、ここまででもう限界に近い。
しかし、何が何でも四人で強行突破してみせる。
彼らは声に出さずとも、その見解で一致したのだった―――
「・・・それで」
そこでいったん話を途切れさせたエルフに、セイニーが恐る恐る尋ねた。
聞かずにすむなら、思い出させてしまう分聞かないほうが良いのかもしれない。
そう思いもしたが、ティティスは一息つくと、またゆっくりと話し出した。
―――エルフが味方にいたのが幸いした。
ティティスは種族の性質上、暗闇でもどこに敵がいるのか、場所と数を見定めることができる。その目は敵の包囲網の中でも手薄い場所を見抜き、そこを突き崩すことで突破を試みた。
ティティスが先頭、その後ろにシャロットが続き、バルドとジュランが両脇を固めるという必勝の陣形で彼らは突き進んだ。
敵の包囲を破った、やつらを振り切れる・・・! ティティスがそう思った時。
「痛っ!」
三人が驚いて振り返った。敵の攻撃対象が一番装備の薄い、シャロットの足元に・・・ふくらはぎに、矢が集中して刺さっている。これではさすがに走ることができない。
「・・・貴様らぁ!」
バルドが怒りで列を乱した。ジュランも僧侶を抱えおこそうとして手を差し伸べている。
(いけない・・・やられる・・・!)
絶望的な気持ちになりながら、ティティスが何かこの場を切り抜けられる魔法はないか、剣をふるいながら必死になって思案しているとき、バルドが膝をついた。
その肩から、赤く染まった細い剣の切っ先が見えた。決して手放すことのない愛剣を落とし、肩を押さえながらうずくまるように倒れる。・・・それっきり、動かない。
「バル!ジュラン!シャル!!!」
気付けば、自分一人に十人近くがぐるりと周りを取り囲んでいる。シャロットが、敵の手のものに捕らえられ、鳩尾に一撃を受けて昏倒した。
「目的の物を探せ。早々に引き上げる」
ジュランも剣を落として腕から血を流しており、ティティスは負けを認めざるを得なかった。
敵の長と思われる者の命令で、彼らは四人を尻目に、運んでいた荷物を物色しはじめると、やがてそれが見つかったのだろう。彼らは音もなく次々と闇に消えて行った・・・と思った。
ところが、それで終わりではなかったのだ。
「そこの三人も連れて行け。いつもの通りだ」
「!」
驚くティティスに見向きもせず、彼らは即座に倒れているシャロットとバルドを引き起こし、暴れようとするジュランの両腕を取った。
皆を連れて行くというのか? なぜ!
「光栄に思え。この者らは我らの仲間となり、後の大戦後も幸せな生活を送ることができよう。
残念ながらエルフは我らの同朋にはなれぬ。
彼らのことは忘れ、国に帰り、おとなしく暮らすことだ」
「ま、待て! そんなことは・・・」
どうあっても許せない。こんな、力ずくで私たちを引き離すなんてことは!!!
彼女は呪文を唱えた。最後の手段と思っていた呪文。成功するかどうかは正味五分の、今まで唱えたことのない変体(トランスフォーム)の呪文だ。
すべての精神力を振り切り、竜となって、この場を焼き尽くしてでも彼らを救ってみせる・・・!
「・・・っ」
呪文が、途切れた。首筋に鋭い手刀が打ち下ろされたのだ。
ティティスは一瞬残った意識の片隅で、必死に叫ぶジュランの声を聞いた。それが最後だった。
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