|
<2>
「・・・血の匂いがする」 エルフのその一言に、全員の足が止まった。少女が身体を強張らせるが、仮に弟がどういう姿でいたとしてもここまでついてきてしまったのだから、いまさら血の匂いぐらいで少女に気を使う理由はない。 「あっちに、何かいるわ!」 シャロットが右の前方を指差して叫んだ。 「こっちにもお客さんだぜ」 バルドがなぜかうれしそうにそう言い、大剣を構えると闇に向かって不敵に言い放った。 「さぁて。どいつもまとめてかかってきな」 「レイナス!」 セイニーは真っ青になって叫び、ようやく見つけた弟に駆け寄る。周りが見えていない少女を、ジュランとティティスが援護した。 しかし少女は、あと三歩というところで足が止まってしまった。薄暗い中でも気付くほどの、全身にわたる無残なまでの切り傷が目に飛び込んできたのである。 呼びかけに応じる気配もない。・・・もしかして、もう・・・ 少女はそれを確かめられる距離に、どうしても踏み込めなかったのだ。 「シャル。どうなの!?」 魔法と剣で魔物を牽制しながら、ティティスが叫ぶ。その時少女のそばにシャロットが一瞬だけ立ち止まり、その肩を優しく叩いた。 励ますように、勇気づけるように。 ・・・少女はそれからの出来事を、何十年経った後もはっきりと思い出すことができた。 シャロットはゆっくりと倒れている少年へ歩み寄り、傍らにしゃがみこむ。その顔がなんとも言えない微笑を形作ると、彼女は一連の呪文を唱えはじめた。 後ろで見ている少女には、呪文というよりはむしろ聖歌のような唄に聞こえた。 優しい空気が辺りを満たし、シャロットの右手に光が集う。細い手が少年に触れると、光はたちまち薄い膜となって少年を包み込んだ。 少女が一部始終を見守る中、少年の傷が薄れ、消えてゆく。 「かみさま・・・」 セイニーは生まれて始めて、そうつぶやいていた。 血の跡があちこち残っているものの、弟の顔色はすっかりもとどおりになっている。魔物を退治しつくした残りの3人も集まってきた。 「奴らはどうやら、獲物を嬲って遊んでいたみたいだな」 バルドがそう言い、大剣で魔物の遺体をつつきまわした。 「あるいは、精一杯弱らせてから食らうつもりだったかも」 とジュラン。 「たしかにその可能性もあるけど・・・」 ティティスが笑顔になって言った。 「そのおかげで、深い傷はなかったみたいだね」 「ええ。痕になって残るようなものはなかったわ」 シャロットはそう言って、まだ状況がちゃんと把握できないでいるレイナスの前にしゃがみこんだ。 「大丈夫? どこか痛いところはない?」 「・・・俺達ん時と、えれぇ違い・・・」 バルドがそっぽ向いたままぼやいた一言に、エルフと剣士からすぐさま鋭い突っこみが入る。 「うるさいよバル。あんたは人の十倍くらい丈夫なんだからいーの」 「うんうん、それにバルドが脅した分もあるからな。ここは優しくて当然」 「脅した相手はこの小僧じゃないだろ!?」 セイニーは思わずぷっと笑いだした。この大男、口は悪いけど、二人にやりこめられている姿はむしろ子どもの駄々のようで、意外に可愛い。 シャロットとレイナスがやり取りをしている間、バルドはセイニーに歩み寄った。ややぎこちない歩みになったことまでは、さすがに少女は気付かない。 「・・・これで満足だな。あとは村に帰るだけだ」 声がすぐ側で聞こえたので見上げると、兜を脱いだ男がにこりともせずに村のほうを向いていた。 「あれ・・・」 その顔は、少女の知っている人に良く似ていた。 「・・・ジルおじさん?」 「親父を知ってるのか?」 バルドは驚いて少女を見下ろした。まじまじとその顔を見てから、ようやく得心がいったように聞いた。 「・・・そうか、君はもしかしたらガルスんところの娘さんか?」 こくりとうなずいた。顔立ちが父親に似ているのは、良く言われることだったから。 「・・・じゃぁ帰るか。真っ暗になって君たちに何かあったら、俺が親父にどやされる」 レイナスもようやく落ち着いて立ち上がっている。一行は魔法の明かりに包まれて帰路についた。 その日から1週間、村はお祭り騒ぎが続いた。 冒険者たちからさまざまな物語を聞いて、長い夜があっという間にふけていく。 見たことのない道具や土産物などで、子どもたちが楽しく遊んでいる。 そうして祭りが終わるころ、一行はまた新たな旅に出かけて行った。 ・・・ この時はまだ、誰も気付かなかった。 この出会いが、やがて少女の未来を大きく変えてゆくことを。 |