Invisible Energy
 番外編


【 セイニー=トーン 】


光 の 唄




あの光を、私は一生忘れない。

あの輝きを。あの奇跡を。

あの時確かに耳に届いた、世界が生きかえり、色づいていく音を。






<1>


ロアール王国辺境。シュトゥラルドとの国境境に位置する、とある小さな村にて。

「ジルところのぼうずが、里帰りしてくるらしいぞ」

「へぇ〜。それは珍しい話だね。一人でかい?」

「いや、どうやら何人かで来るらしいんだ。面白い話でも聞けるかもしれねぇなぁ」

「そうだね。こんな小さな村だし、みんなでたまには盛大にお祝いでもやるとするか」

「いつ着くって?」

「日が暮れるころには、って言ってた。もう来るんじゃないか?」

「子供たちも、早いところ仕事を終わらせて、準備を手伝わせるように言わないとね」

「夜も天気は良くなるみたいだし、これは楽しい事になりそうだね」

「おい、誰か子供たちまとめて面倒みてくんねぇか?」

「ああ。それならガルスの家の姉弟にまかせたらどうだ」

「あれ?あの子たちなら確か、山に入ってるはずだよ。おとといの仕掛けの様子を見てくるとかで」

「えっ、まだ戻ってない? おかしいな。もう暗くなってきてるし・・・危なくねぇか?」

「そうだな・・・おーい。誰か見に行ってきてくれないかぁ?」

「ちょっと、そっちの野菜、誰か荷台に積むの手伝って!」

「水汲み水汲み、っと」

「ねぇー、リリーちゃんすっごい大泣きしてるよ〜!!!」 

・・・村が徐々に闇に溶けてゆく、ある夕暮れの時。





暗くなってから山に深く入ってはならない。

小さいころから繰り返し言われてきたことだ。 いまさら言われなくたってわかっている・・・けど。

「帰れないんだから、しょうがないじゃないか」

レイナス=トーンはできるだけ声を潜めて、それでも言わずにはいられなかった。

天気のためか、今日は日が暮れるのが予想以上に早かったのだ。いつもなら父親が見に行くはずの、山奥の仕掛けを欲張って見に行ったのも災いした。

近場のは、どれもこれもロクな獲物がなかったのだ。エサだけをキレイに持って行かれたか、せいぜい食いついていても兎のような小動物ばかり。

今年の冬は長くなる・・・それを聞いて、いてもたってもいられないのに。

「これじゃ、ぼくがエサになっちゃうなぁ」

焦る気持ちを抑えるように、あえてのんびりとそう口にしてみた。あまりにも森の奥深くに入りすぎて、山の向こうに沈む太陽の姿も見失ってしまった。これでは方角もわからない。

どーせ自分の庭みたいなもんだし、余裕余裕・・・と高をくくり、途中目印も置かなかった。その甘さを、いまさら噛みしめても遅い。

とりあえず、手ごろな木にひょいと登り、山々の方向だけはどうにか確認できた。 こうなれば、その逆の方向に歩き出すしかあるまい。

「晩ゴハンにどうか間に合いますように・・・」

母を亡くしてからというもの、父はいつ自分にいかなる不幸が襲おうと姉弟がちゃんと生きていけるようにと、厳しくしつけるようになった。

予定の時間に帰らなければゴハン抜きなど、当たり前の話。育ち盛りの少年にはそれがもっとも堪える。 レイナスが心配しているのは、まだまだそんな次元の話であった。





・・・弟が帰ってこない。日暮れまで帰ってこない。

当事者よりもよっぽど焦っていたのは、姉セイニーのほうである。

「このお山は、夜になると人の立ち入りを許さない。山の中のねぐらから神の使いが湧き出してきて、帰れとお怒りなさる」

この付近の子どもは皆、幼いころからそう繰り返し聞かされる。

おとぎ話なんかじゃない、魔物が住まう地であると・・・れっきとした戒めだと少女が理解したのは、ちょうど今の弟くらいの年頃。その弟は・・・熊や狼がいるのを恐れてはいるが、魔物が山に潜んでいるのを知らない。というか信じていない。

大人が罠をしかけに山奥まで行っているから、大丈夫だと。

大人たちが家族と共に生き抜くためにどれだけの注意を払い、周到に準備をして、それでもなお山の奥へ分け入って行かねばならない危険を知らないのだ。

日が暮れれば、そこは一転して「ヤツラの領域」となる。

間もなく冬を向かえようとしているこの一帯は、毎日日没までの時間が日々短くなっている。ほんの数刻、山あいを眺めていればあっというまに夜だ。

父親に言いに戻るべきか・・・

しかし、この場所から自宅まではゆうに半刻はかかる。日が暮れて、それだけの時間を弟ははたして無事にいられるか、大丈夫と言いきれる自信は、セイニーにはまったくなかった。

その時のことだった。・・・“彼ら”に出会ったのは。







当時15才のセイニーには、その恐そうな人が誰かまったく知らなかった。

戦士が完全武装している姿を見る機会など、このような片田舎にあるわけがない。がしゃんがしゃんと金属音を響かせながら、大剣をいとも軽そうに振りまわしている鎧姿を見て、本能的な恐怖を覚えた。

戦士には3人の連れがいたが、残りの人の姿が目に入らない。

「おい」

全身鎧の人が、ぶっきらぼうに(愛想良く話しかけられたら、不釣り合いすぎて、それはそれで恐ろしいであろうが)低い声でセイニーに声をかけた。びくりと身体を震わせて、どうやらこの人は自分に話しかけているのだと思ったものの、その人から無造作ににじみ出ている殺気に怯え、声が出ない。

「おい、お前だよ。そこのちんちくりんのガキんちょ」

さらにイライラした声が聞こえた。しかしそんな言い方で迫られては、答える方も答えられるわけがない。ほとんど涙目になりながら、少女はなんとか返事をしようとした・・・やっぱり声は出なかった。

「おいおいバルド。そんな言い方じゃ、怯えさすに決まってんだろ〜?」

「子供いじめちゃダメよ、バル」

バルドと呼ばれたその鎧戦士と少女の間に、二つの姿が割りこんだ。

一人は長くてクセのある髪を束ねた、細身の剣を腰に下げた美青年。もう一人は耳がピンととがっている、薄緑の髪のとてもキレイな女性だった。これが噂に聞くエルフという種族なのかと、セイニーはどきどきした。

いつのまにかへたりこんでいる少女の前に、もう一人いた女性が手を差し伸べた。

「大丈夫?ごめんね、驚かせて」

「・・・はい」

ようやく声が出た。その女性は雰囲気から、こういった冒険者のグループには不似合いなくらいの優しさに溢れていて、少女は安堵と共につい涙をこぼした。

「あのね。あたしたち、○○の村に行こうと思ってるんの。でも道案内が、道忘れちゃったのよね」

エルフの人が少女の村の名前を言うと、振りかえって戦士を軽く睨みつけた。

「生まれ故郷を忘れたって人がいるんだから、ほんと世話ないよ」

「うるさい。もう10年以上も帰ってなかったんだ。畑とか景色とか。当時のままのようでかなり様子が変わっている」

「ティーはあそこの森全部が故郷だからね。どんなに方向オンチでも、迷いようがないよね」

「ジュラン。それ、どういう意味よ?」

いきなりはじまった、3人の和気あいあいとした罵り合いにぽかんと呆けながら、少女はようやく自分を取り戻すと、目元を拭って、一番話しやすそうな自分を助けおこしてくれた女性に尋ねた。

「あの・・・あたし、そこの村の者なんです。良かったら案内しますか?」

「本当? 助かるわ。どうもありがとう」

そこで、セイニーはもともとの大事な問題を思い出した。



この人たち、強そう・・・もしかしたら。



思いきって頼んでみることにした。

「その前に、お願いがあるんです。あたしの弟が山の奥に入り込んじゃったみたいで・・・いつもなら、暗くなる前に必ず小屋まで帰ってくるんです。もしかしたら道に迷っちゃったのかも・・・それで、もう暗くなるし、弟のこと、助けて欲しいんです!」

女性の目が驚いて見開かれた。後ろの3人も、じゃれ合いをやめて二人を振り返る。 女性が微笑んで、あっさり頷いた。

「いいわ。すぐ、連れてきてあげる。弟さんのこと、教えてくれる?・・・あ、その前にあなたの名前、聞いていいかしら」

少女は顔を輝かせて元気に答えた。

「セイニーと言います。弟はレイナスです」

「私はシャロット。後ろの3人は、ティティスとバルド、それにジュランよ。・・・・で。聞いたわよね? さっそく助けに行きましょう」

鎧戦士バルドの肩ががっくりと落ちた。顔は見えないが、おそらく「マジかよ・・・」と言わんばかりの表情を浮かべてるに違いない。

美剣士ジュランは諦めといった風に肩をすくめ、エルフのティティスは「は〜い」と明るい返事をしてさっそく荷物を再び担ぎ上げていた。





「もう少し行った後に、一番奥の仕掛けがあるんです。それで弟はたぶんそこに行ったんだと・・・」

日が暮れた。一向はティティスが灯した魔法の明かりをたよりに、森の中を捜索している。

少女も同行していたが、始めは足手まといになるということで、猛烈に(特にバルドに)反対された。

「まだ俺がこの村にいたころだから、20年以上も昔。そのころから、魔物の話はあったし、実際被害も遭った。子どもたちにはそんな血生臭い話なんて当然聞かせられねぇがな」

それもかなり頻繁な度合いだったという。子どもだけではなく、大人でも夜の山はご法度だったらしい。 ただこの山はまだまだ自然が豊富だったためか、魔物がエサを求めに森を超えて集落まで来たためしはない。 それで彼らは山とは逆の方向に畑を広げながらも、とりあえずはそこで暮らしつづけることができた。

「でも、いつの時代も恐いもの知らずって奴には事欠かねぇ」

「・・・あんたにだけは言われたくないけどね」

「やかましいよ、ティティス。

で、俺たちの村にもそういうヤツはいた。まぁ、ここから奥の森はほぼ手付かずの自然のままだからな。逆にいえば、動物だの魔物だのが暮らしている領域に、命知らずな人間どもがのこのこと出かけて行くわけだから、そりゃ襲われても文句は言えねぇだろ。

仮に、村に魔物が現れたらそりゃみんな命懸けでやっつけるだろうし、それと同じことをしてきてるだけなんだからな」

「・・・バルって意外と哲学的なんだね」

「お前までうるせぇな。とにかく最後まで話をさせろ」

「はいはい」

「そんなわけで。具体的な話はともかく、森の奥に行ったヤツは揃いも揃って帰ってこなかった。

まぁ真っ昼間で、よっぽど運が良かったヤツの一人や二人は何にも遭遇せずに帰って来れたらしいがね。夜に関しては言わずもがなだ」

ここまで面倒くさいのもガマンして克明に話を聞かせたのは、当然のことながら少女が怖気づいて、先に帰ってもらうことを期待したわけだが、結果としてバルドのもくろみはカンペキに外れた。

ティティスが後に言った。「そんなことで家族見捨てて帰るのは、超親不孝息子のバルぐらいでしょ」

・・・結局、バルドは「そんな危険な所に弟を放っておけません!」とさらに強く言い放つ少女に、これ以上の説得の手段を持たなかったのである。





30分ほど歩いただろうか。

薄暗く、ぼんやりと浮かび上がるだけの景色の中でセイニーが「・・・もうそろそろ・・・」と呟いたとき、ティティスの表情が鋭く引き締まった。







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