【 2 】



季節はさらに流れた。

いつしか彼らの距離は自然に遠のき、一同に会すのは半年に一度程度になっていた。ディアノフは工芸職人への道を、カインはエルフの里での務めを、アレグリアは両親とのささやかな暮らしをそれぞれ歩んでいた。

だが、大人になるということはいらぬ世間の目を気にすることでもある。彼らは三者三様に、互いの立場を気遣うようになり、結果として幼心では影も形も知らなかった透明な壁が、いつの間にか三人の間に立ちはだかるようになってしまった。

互いに友だと想う心が充分すぎるほどにわかっていても、決して共に在ることができない友人たち。その切なさと、寂しさと、諦めにも似た想い。

会った時はくだけた口調で、今の暮らしの日々を、冗談を交えながらお互い語り合う。・・・もどかしいまでの切なさをお互い感じつつも、決して口にすることはない。

それでも、時々でも会えるだけまだ幸せなのだと。

三人が自らの心に言い聞かせてた、ちょうどその頃のことだった。







その夜カインは偶然、アレグリアが一人で樹に登ってぼんやりしているのを遠目に見つけた。

ちょうど夜の見回りの当番の時で、彼は手早く(というか、むしろいい加減なほど)見回りを済ませ、近辺に誰も仲間がいないことを確認すると、小走りにその樹へと向かった。

「・・・どうした? こんな時間に」

下から幼馴染を見上げる。ふと、一滴の雨が彼の頬をうった。

違う、雨は降っていない。カインは驚いて、すぐさま返事のない樹に登る。

「アリア」

すぐ傍まで行くと、張り出してる枝に腰掛けて、幹に背をあずけて遠くを見ている彼女がいた。

呼びかけても返事がない。心ここにあらずといった感じだ。カインが別の枝に腰を下ろして、その肩に触れてはじめてビクっと反応した。

「・・・カイン、どうして・・・」

驚いて思わず振り向いたその顔を見て、カインは思わず後悔した。・・・それは泣きはらして疲れきった顔を見たことによる後悔か、それとも安易に触れてしまったことへの後悔だったのか。

ディアノフがこんなアレグリア見たら、何があった、どうしたと、彼女の為に必死に問い詰めたことだろう。だがカインがとった行動は、動揺する内心を表に出さないように注意しながら、枝の張り出している方向へ・・・彼女が向いていたのとは別の方向へ、何も気付かなかったかのように視線を向けるだけだった。

「遠くからたまたま見えたから、こんな時間にどうしたのかと思った」

それだけだ、と、そこで暗に話を打ち切るような流れにアレグリアも、 「・・・そう」 としか言うことができない。

二人がこうやって肩を並べて話すのも久しいことだった。

アレグリアはこの場から動く気配がなく、まるでこのまま、彼女の魂の拠り所である風の精霊たちと一体化でもしそうな雰囲気だ。

昔はディアノフがあれこれ尋ねて、アレグリアが泣きじゃくりながら話してくれるのを二人でよく聞いていた。カインが直接尋ねないのは聞きたくないからでなく、単に口下手なだけだ。

でも今、ここにディアノフはいない。カインは話を聞きたいと思いながらも切り出すことができず、立ち去ることもできず、ただ沈黙を守りながら幼馴染の傍に居続けて、何か語ってくれるのを祈りつつ待った。

「・・・わたし、本当に一人になっちゃった・・・」

「え?」

「ねぇカイン。お父さんもお母さんもいなくなったら、わたしどこに行ったらいいんだろうね?」

そういうアレグリアの視線は、遠く遠く・・・遥か彼方にある大陸のほうを見つめている。

カインは息を飲んで、言うべき言葉を失った。



・・・アレグリアは現在、両親と共にカインの住処の近い、人間の村の片隅にひっそりと暮らしている。

アレグリアの身体に流れる血は、カインと同じエルフのものであり・・・また人間の血でもあった。故に人はそういった存在の者達をまとめて「ハーフエルフ」と呼ぶ。彼らは双方の特性を引き継ぎながら純粋なる存在でもないため、特異の目で見られることが多かった。・・・かつてディアノフの父が、忌避の気持ちを込めて「混ざり者」と呼んだように。

アレグリアの母方の祖母はハーフエルフであり、その祖母は純粋な人間と結ばれた。そのためか彼女の母親は、エルフの血は形を潜め、ぱっと見ではだたの人間とまず変わることはなかった。

父親も限りなく人間に近かった。祖先の誰かがエルフだったはず、とアレグリアが聞いたことがあったが、とにかくも彼女の両親は傍目には一組の人間の夫婦にしか見えなかったのだ。

そして両親の住む村の人々もそう信じていた。それが災いとなった。

その人間の夫婦・・・と村人に思われていた家に生まれてきたのが、耳の尖った森妖精の血が混じった女の子。母方の祖先の血を強く引いたのだろう、と両親はわかっていても、周りにその事情がわかるはずもなく。

悪意こそないものの、その日から彼女の家族は村人たちから微妙な距離を置かれる立場に立たされた。騙したつもりは微塵もなかったが、一部には「エルフであることを内緒にして・・・」などと不愉快に思う年配の者もいたのは事実で、仕方なく家族はなるべく目立たない場所でひっそりと生活していたのだった。

その両親がいなくなる? 溺愛したアリアをおいて?

カインにはこの話がどうにも理解できかねた。

カインは小さい頃何度もアレグリアの家に行った事があるが、両親が彼女を一人残してどこかに行ってしまうような人たちではないことをよく覚えていた。自分らがエルフの血を引いていることは承知のはずなので、娘がエルフの血を濃く継いだことを恨みに思うような人たちでもなかった。

では命を落とすような・・・寿命?

ありえない。曲がりなりにもエルフの血を遠くに引く両親だ。普通の人間程度の寿命とは思えない。そもそも、あの夫婦はまだ50歳にも満たないはずなので、人間の寿命に照らし合わせてもとうていそのようには思えなかった。

では、なにか争いごとにでも巻き込まれたのだろうか。温和な性格の夫婦ではあったが、人間社会では些細な、つまらない誤解から思いもかけない事件に発展することも多いと聞く・・・。

アレグリアの独り言から、しばらくの沈黙の間にカインの思考が脱線しかけた、その時。

「この前ね、本土(この場合はシュトラルドなどがあるレグシア大陸を指す)から珍しく商人が村に来たの。エルトリアにしかない果物とかを仕入れに来たって。で、その時に取引の品としていろんな、大陸で取れる麦やら肉やらも持ち込まれたんだけど・・・」

半妖精の幼馴染はそう、ぽつりと話し始めた。







閉鎖的な村に商人が来ることで、珍しいものをいろいろと見れたこともあり、村ではしばらく陽気な日々が訪れた。商人は村の一件一件、その家々で何か取引できるものがないか熱心に見て回り、アレグリアの家にも直接品物を携えてやってきた。果実が好きな家族は、数種類の果物を栽培している。両親は商人と何かしら交渉して、家には内陸の香草や、はるか東方の珍しい食物などが残された。

ところが商人が去って一週間後。彼女の両親はそろって原因不明の疫病に侵された。青い斑点が全身の肌に浮かぶ、この地域の人々では見たことのない病だった。高熱を発し、呼吸もひどく苦しそうに見えた。

アレグリアは一人懸命に看病を続けたが、回復の兆しは一向に見えない。飲み物以外ろくに食事の取れなくなった両親は、日々体力と気力を失っていく。

そんな両親を見守るしかない苦しい時間の中で、ある日村人たちの小声が風に乗って、森妖精特有の鋭い聴覚をかすめた。

「・・・はなんともない・・・・・の血のせいできっと」

汲んできた水を抱えてアレグリアは一瞬立ち止まりかけたが、黙って両親の待つ家に急いだ。

両親が倒れて以来、村人は誰一人、見舞いに来なかった。一人で畑の世話をする彼女に、ついに声をかけるものはなかった。

(・・・だったら、どうしてあたしはなんともないの!? エルフの血なんて関係ないじゃないの!)



一ヵ月後。

白い息が指を暖めるほどのよく冷えた朝に、二人は立て続けに死んだ。

二人を埋葬するその時になってもなお、アレグリアは一人ぽっちだった・・・。









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