| 【 1 】 あの歌を覚えてる? よくカインが歌った、緑の宝石の歌。エルフたちの、神樹を称える昔語り。 よくディーが歌ってた、ドワーフの山と動物たちのわらべ唄。 よくわたしが歌った、エルフと人との恋物語。 おかしいよね。 森にも山にも里にもいられなくなったわたし。 エルフの歌を、人間の、ドワーフの歌を、一語一句はっきりと今でも覚えてるよ。 おかしいよね。 わたしの歌はどれでもないのに。 いつまでたっても見つからないのに・・・ 「アーリアー!」 遠くから呼ばれて少女は振り向いた。遠くから、周りをきょろきょろしながら、一人の少年が少女に向かって駆け足でやってくる。 少年に向かって、少女が聞いた。 「カイン、いた?」 綺麗な顔立ちをした、細身の少年が悔しそうに首を横に振った。 「おっかしいなぁ・・・あそこの“天樹”までって約束だから、絶対全部見て回ったはずだよな」 「いつもディーが隠れそうな岩肌とかは、すごくすごくすごく探したよ。ディー、どこに隠れちゃったんだろ・・・」 「あ”ー、くやしぃぃぃ〜!どこにいるんだディアノフ=ドレイク〜〜〜」 二人して地団駄をふんだ瞬間、かすかに・・・・本当にかすかに、二人のいるのと反対方向から、くしゃみのような音が聞こえた。二人が森妖精であるからこそ聞き分けられたほどの小さい小さい音だった。 二人は動きをぴたりと止め、耳をピンとそばだてて、目を合わせるとにやりと笑いあう。音の聞こえてきた方向から見慣れた地形を思い出す限り、隠れてる場所は「あのへん」しか考えられない。見落としたのだ。 「お先〜〜〜」 「ずるいー、わたしが先に見つけるのーーー!」 そうして二人は、競い合うようにして駆けていった。 三人が少年・少女から青年へと成長を遂げる、ちょうど狭間くらいの時期の頃。 この頃、ディアノフは故郷の大人達の仕事を見よう見真似で覚え、簡単な装飾品などを作るとそれをよくアレグリアに贈っていた。 ディアノフには下心が特ににあったわけではないが、アレグリアに誉められたり喜んでもらえるのはやはり嬉しい。そして、その時カインがひらめかせる微妙な表情が、ささやかな優越感をもたらしていた。それを肌で感じるカインにとっては、気のきく贈り物ができないのと、ディアノフに一歩譲ってるという二重の意味で、なおさら面白くない。 そんな二人の目に見えない火花など知るよしもないアレグリアだったが、(だからこそか)三人の友誼は不思議と変わらず、一本の川の流れのように、やがて海となる未来まで変わることがないかに思えた。 そんなある日のこと。 「ディアノフ!」 アレグリアの自宅で採れた果実を分け合いながら、三人で他愛もないことをいつものように会話しているところへ、低く、ややしゃがれた声が聞こえた。 それは決して楽しげな声色ではないことに、とっさに三人は気付かない。 「・・・親父?」 ディアノフが立ちあがって振りかえる。まだ日も高い。一体何の用かと考える間もなく、ディアノフが父と呼んだドワーフは三人のすぐ側まで歩み寄って来る。 腰を下ろしているエルフの血を引く二人に視線をくれるものの、お世辞にもその気配は好意的とは言いがたい。 視線だけ再び息子に向き直って、吐き捨てるように言った。 「いつもどこに行っていたかと思えば・・・ふんっ、高慢ちきのエルフと、混ざり者か」 「・・・!?」 ディアノフがさっと青ざめる。次いで、内から湧き上がって来る怒りのために顔を赤く染めた。握り締めた拳が震えるほどに、全身に激情が満ちてくる。 本来ならあまりの侮辱に反応すべき二人は、「ああ、ディーのお父さんか」と始めて知ったと思ったら、次の瞬間にはこの言われようだ。反射的に怒ろうとも、とっさの事態に頭がついていかず、ただ呆然としていた。 「お前はこんなところで、こんな連中に油売ってる場合じゃないんだ。村一番の職人になるんだろう? そのためにはどれだけの修行を積まなければならないと・・・」 いかにも頑固親父といった様子で説教するそのドワーフは、話の途中でふときらりと光るものに目を留めた。 それはディアノフがアレグリアのために作った髪飾りだった。作り上げたディアノフが満足げにアレグリアに渡し、今、少女の流れる髪に華やかさを添えている。その細工から、息子の作であることを瞬時に見ぬいた父は、しばしそこに視線を留めた。 「・・・」 正直、アレグリアにもカインにも、親友と言って良いディアノフの父に、初対面でここまで拒絶の態度を示される理由が微塵も理解できなかった。 それはディアノフも同様で、父親の視線にも気付かずにようやく怒りが口からほとばしる。 「お・・・親父っ! そんな無茶苦茶な言いかたはないだろ!? 俺の友達だ。誰がなんと言おうと! エルフを友達にして何が悪い!? 二人がエルフに生まれたことの何が悪いんだよ!?」 その激情と言葉は、ドワーフの父親以上に二人をも驚かせた。・・・それはどこかしら、ディアノフ自身が二人とは違うことに対しての悔しさのようにも反発のようにも聞こえたのだ。 その予感が正しいものかどうかはわからない。ディアノフはそんな二人の直感をよそに、手身近なものを投げつけて暴れ出す。樹の枝、果物、土の塊、飲み物の器・・・もちろん、こんなふうに自分を見失うディアノフを、二人は始めて見た。 「誤れ! 二人に謝れ・・・・っ! 誤れないんなら、さっさと家に帰ってくれ・・・・・!」 「ディア・・・」 父はその時になって始めて、狼狽した声を出した。信じられない面持ちのまま、ようやく大切なものを踏みにじったことを知り、青ざめて息子を見下ろした。 それほどまでにこの二人が大切なのかと、髪飾りを凝視するその表情が、無言のまま語っていた。・・・その細工は決して匠の域ではないにせよ、今のディアノフのできる最高のものであり、相当に時間をかけて作られたものだということに、ようやく気付いたのだ。 ディアノフは散々暴れた後、唇を噛み締めてその場から頑として動こうとしない。泣いたら負けだとばかりに、睨み付けるように宙を見据えている。 父は大きく息を吐いた。 ・・・まったく・・・昔からの種族間の確執が・・・苦手意識や、記憶や、さまざまな入れ知恵がなければ、こんなふうに感じることもできるのかと、始めて思い知った。 父にはそんな考え方はもうできない。 人間は私利私欲の固まり、エルフは高貴な生まれであることを鼻にかける傲慢な連中。その先入観が骨の髄まで染み込んでいたために、あまりにも不用意な発言をしてしまったことをこの時になってようやく後悔した。 あらためてエルフの血を引く二人の子供に向き直る。先ほどまでの剣呑な雰囲気は消え失せて、穏やかで、おおらかな気配があたりに満ちる。 「息子の言う通り、とても失礼なことを言ってしまった・・・すまない」 そう言って、まだ息子と変わらないであろう子供たちに、真正直に頭を下げた。このあたりの律儀さ、潔さは、一本気なドワーフならではであろう。 「もし良かったら、これからも息子と仲良くしてほしい。・・・・ディアノフ、悪かったな」 ディアノフはまだ納得がいかない様子で返事を返さないが、それでもようやく徐々に怒りは収まりつつあるようだ。「あまり暗くなる前に帰るのだよ」と言い残し、父はその場を立ち去った。 「カイン、アリア・・・ごめんな」 「・・・ううん、ディーは悪くないよ。ありがとう、私たちのために・・・」 そう言い合って三人が肩を寄せ合う様子が、背中越しに感じられる。その光景を思いつつ、歩き去る父はぬぐいきれぬ悲しい予感が、重しとなって心にのしかかるのを知った。 ―――その時、息子はどうするだろうか。 見るところ、あの少年は生粋のエルフだが、少女のほうはどうやら人間の血をも引いているようだ。 エルフとドワーフと人間と、か・・・。 この三者が共に在り続けることは、そう簡単ではない。 彼は長く生きた経験から、そのことをよく知っていた。エルフと人間が争う、ドワーフとエルフで罵り合う。そんな光景が、すべてではないが、至るところで繰り広げられていることを。 生活環境の違いからも、彼らが離ればなれになる日がきっと来る。 ・・・それが、お互いの血を呪う理由でなければ良いのだが・・・ next> menu |