| [ 2 ] 正太郎はお上から沙汰があるまでの間、部屋にこもって物思いにふけっていた。 この部屋にはいつも「大小拵(だいしょうこしらえ)」と呼ばれる刀と脇差の一揃えが置いてあるのだが、今はどこかへ片づけられてしまっている。 おそらくは更なる謀反を起こさぬようにと、武器を取り上げた結果なのだろうか。それにしては、匕首(あいくち)の携帯だけは許されていた。 もしかしたら自殺を暗に命じられているような気がしてならなかった。なぜなら、その匕首には普段付いているはずの家紋が外されていたからだ。 廊下で外を眺めているとき、桐子と偶然目が合うことが何度かあったが、彼女は普段見せていた笑顔からはまるで想像もつかないような、明らかに憎しみを込めた目つきで睨み返してくることがあった。 まだ正式に言い渡された訳ではないが、当然ながら桐子との婚約は解消、恐らくは謀反の罪で磔の刑でも待っているに違いない。切腹はまずありえないだろう。つまるところ、自分にはもう後がないと言うことだけは確かだった。 正太郎は今、自分の今後の沙汰のことよりも、何故自分らが弱者を斬らねばならなかったのかを思い出しながら自問していた。 聞くところによると、「くらいね」は徒党を組み、「現将軍の悪政を倒す」と大義名分を掲げながらも、どさくさに紛れて悪事を働いている。そんな噂は耳が痛くなるくらい聞いた。 実は、自分はその光景を見たことがない。それどころか、討伐に赴いて行ったところは、どうみてもただの村だった。 討伐軍が到着するまでは、村人達は普通に畑を耕しているようにも見えた。しばらくしたら、村から大勢の武装した者達が迎え撃ってきたので、そのまま討伐軍との戦闘になった。 程なくしてその者達が倒されると、自軍の兵士達が村で略奪を始めたではないか。 自分は義父に略奪をやめさせるよう進言したが、聞き入れてもらえなかった。なぜなら、略奪そのものがここの兵士への褒美なのだそうだ。 その時からこの戦そのものに疑問が湧いてきたのだが、そんな最中、自軍はいつの間にか敵に囲まれていて、間もなく乱戦になったんだ。 伝令の一人が義父に言った。「村そのものがおとりになっていた」と。 それからも、敵の数は増えていき、不覚にも自軍は大きな損害を被った。 敵兵の中に、弱者としか言いようのない、女性や子供、老人までもが思い思いの武器を手に参戦し、それが次第に数を増していった、それらに義父は怯むことなく無慈悲な一撃を加え、目の前に多くの死体の山を築いていく。 自分も勿論例外ではなく、降りかかる火の粉を払うが如く反撃したが、斬られた者があげる悲鳴や叫び、うめき声を耳にする度に、この戦いにだんだん嫌気がさしてきていた。 義父の飛ばす檄は次第に聞こえなくなり、周囲が悲鳴で埋め尽くされ、やるせない気持ちが抑えられなくなった直後、自分は義父を背後から斬りつけ、倒れ込んだところを義父の胸に全力で刃を突き立てたのだ。 自分は正しいことをしたつもりだ。でも、今でも心に残るこのやるせなさは何だろう。 くらいね、義父、そして自分、みんなそれぞれに正しいと思ってしてきたことは、今でも空回りしているではないか。 誰が勝ってもあの戦いには決着はつかなかったのではないだろうか。今の自分が桐子に憎まれるように、自分の知らないどこかで、俺や義父に殺された者を大事に思う人たちが恨んでいるかも知れない。 そしてまた戦いは繰り返される。 いつもと変わらない夕焼けの下で見た、大勢の死体。 いつもなら「美しい」と感慨深く眺める夕陽も、甲高く囀る鳥の声も、目の前に映る殺戮と言う名の非日常が、すべてを空しいものへと変えていく。 その気持ちは、一週間経った今日も変わることはなかった。 夏の日差しが強く照りつけるその日の昼過ぎ、黒い装束を纏った役人達が太い声で正太郎にこう言った。 「楠正太郎、お上より、罪人であるお前に御沙汰が下された。表へ出られよ。」 正太郎は虚ろな表情で外へ出た。 頭上から照りつける日差しが何となく殺戮のあったあの日の出来事を思い起こさせる。自分はきっと今日の夕方、あの日見た光景のように空しくたたずんでいるに違いない。 ただし、今度は自分自身が死体となる番だ。 ここで奉公している者たちが、役人に連れられて歩く自分を暗い目つきで見つめている。彼らの心の中にはやはり自分に対する恨みがあるのだろうか。この屋敷は主人である義父が亡くなったのだからこの先どうなるのだろう。働き口がなくなるので、恨まれているに違いない。 が、中にはこちらに向かって手を合わせる者もいる。普段親切にしてくれた人だった。この時、初めてこんなことになって申し訳ない気分になっていた。 (結局、俺がやったことは他人に迷惑をかけるだけだったのだろうか…) 屋敷の門を抜けたら、腕を縛られ、刑場に連れて行かれるのかと思っていた正太郎だったが、意に反して役人達は縄すら出そうとしなかった。それどころか、携帯している匕首ももうとっくに取り上げられているはずなのに、今でもそれは正太郎の腰に差されてある。 磔の刑に処された者を見たことがない訳ではない。白装束を着せられた罪人が、磔台の上で両脇を槍で貫かれるのを何度か見たことがある。その瞬間はいつも戦慄が走った。それを見た観衆はいつも自分はああならないようにと日頃の行いを戒めたものだ。 今度の沙汰が知れ渡ったのであろう、多くの町人がこの門を取り囲んでいた。 自分はいつか見た罪人と等しく、死して人の心を戒める存在になるのだろうか。 いや、そんな生温いもんじゃない。中には、にやにやと笑う者だっている。死体を晒されるということは、浮かばれない死を遂げる、武士にとって最も不名誉な死に方だ。 人の死を笑いながら傍観する者達に無性に怒りを覚えて来たが、よく考えると、こうなったのも自分自信の愚行のためなのだから、自業自得もいいところだと正太郎は自嘲した。 「では楠正太郎、これを持て。」 そう言って役人の一人から手渡された物は、もとは自分の部屋にあった二本の大小拵であった。 「遺族の希望により、お上より仇討ちが許された。これを返り討ちにすれば、お前は自由の身になる。」 訳が分からず、ただ刀を見つめていたところに、観衆からどよめきが起こった。門から一人の白装束を纏った女性が薙刀を携えて正太郎の正面に立ちふさがった。 「桐子…。」 <back next> menu |