(仮題)


アレックス プレストーリー


< 落陽 >



Written by わたる




  [ 1 ]



まだ幼さが残る面立ちの少年は、この時世、その年齢にしては場違いな場所に一人たたずんでいる。

顔は人を斬って浴びた返り血で斑に染まっており、体中の至る所で大小の切り傷や刺し傷もあった。なぜだか、少年は今不思議と痛みは感じていなかった。

生臭い血の臭いと累々と横たわる大勢の死体。中には昼間の暑さのせいで腐りかけているものもある。かすかながらうめき声も聞こえる。他にも自分と同じ生き残った者がいる。彼らはそれぞれ重い体を引きずってどこかへ消えていった。

次の日の今頃には死体の全てが強烈な腐臭を放ち、待ちわびていたように鴉(からす)たちが群がってくるに違いない。

いや違うな、その前にほっかむりを被った無法者がぞろぞろと来て死者の持ち物を奪っていくんだ。

そんなことを考えながら、ぼおっと立ちつくしている。もう空は夕刻を告げるように赤く染まっていた。

夕焼けなんて自分の家でも何度も見ていたが、なんときれいなもので、なんと変わりのないものだろう。

それにひきかえ、どうして人間達は一つでも信じるものが違っただけでこうも殺し合ってしまうのだろう。

ここで死んでいった者達の中には自分より年下の少年もいたし、女性や老人もいた。みな首から太陽を模したようなお守りを下げていた。

勿論、自分はそんなお守りは下げていないし、最近その存在を知ったばかりだ。でも、大名様は邪な教えを広めようとする不貞の輩と言うことで、配下である義父「楠義政(くすのき よしまさ)」らに兵を率いて討伐を命じた。

義父も戦に出ると聞いて、武士の息子たるもの戦を知らずして武士を語るべからずと自分に言い聞かせ、義父を説得してようやく初陣することができた。

実際、「くらいね」と名乗る異教徒達は、大名様や将軍様を名指ししつつ、「悪政を倒す」と蜂起して、手当たり次第に町や村を襲っては、地方の役人を処刑したり、そのどさくさに紛れて金品・食料をはじめ女子供までも奪い、その上で「自分たちは正しい。世のために戦っている」などとのたまっている。

そんな噂を聞くといつも怒りを覚えずにはいられなかった。だから、初陣するならここだとばかりに義父を説得してこの戦場までやってきたんだ。

こうして振り返ってみると、一体何が正しくて何のために戦っていたのか判らなくなっていた。

ついさっきまで一心不乱に刀を振り回していたことだけは覚えている。初めて人を斬ったのもこの戦だったし、その時はその時でかなりの衝撃を受けたものだが、そんなことをじっくり考えている暇もなく、向かってくる者を次々と斬り伏せていくことで精一杯だった。

そうだ、そうしていくうちに自分の中に大きな疑問が浮かんできたのだった。

ふと我に返ると、すぐ近くに薄汚れた黒の鎧を着た、明らかに自軍の兵と思われる人が先ほどからこちらを指さしてなにか言っている。

「義政様!…お前がやったのか!?」

「えっ?」

一瞬、何の事を聞かれたのか解らなかった。が、すぐにその答えが浮かんできて、無意識にこう答えた。

「ああ…。」

「なんということを…!」

その後、その兵士が何か色々と言っていたようだったが、全く耳に入らなかった。

足下に横たわる大鎧を着た武士は、胸を地面ごと刀で串刺しにされ絶命していた。その武士の顔はよく知っている。

そう、義父だ。

そして、義父を串刺しにした刀を握りしめていたのは、間違いなく自分の手であった。

それからは、あまり覚えていないが、さっきの兵士に腕を掴まれ、まっすぐ自分の住む屋敷へ戻ってきたと思う。そして何日間か謹慎を命じられたのだ。

わかっている。自分が義父を殺したことは。

でも、許せなかった。罪のあるなしに関わらず、非力な者達を殺していく事を。







「正太郎様!どうして…、どうしてこんな事になってしまったのです!?」

襖を勢いよく開け放ち、桐子は涙で腫らした目をして正太郎を怒鳴りつけた。普段はおしとやかな桐子だが、彼女が半ば取り乱した様子は初めて見る。

しかし、こういう事態になったら誰だってああなるものだと、正太郎にはわかっていた。なぜなら、彼も過去に同じ体験をしていたからだ。

正太郎は、ここの子ではない。

両親と兄2人、姉2人を幼少のころに亡くし、それ以来、実父が生前よく交流のあったこの楠(くすのき)家に表向き養子として引き取られることになった。幼い頃は桐子ともよく遊んだ。ただの幼なじみだったのが今ではなんと許嫁である。

彼は今後心をも預けるべき許嫁に対して、何一つしゃべろうとしなかった。

「どうしてこんなことになってしまったのです」

と繰り返される問いかけに理解できず、今の彼にとってはただの愚問にしか聞こえていなかったからだ。

しばらく見つめ合っていた二人だが、桐子は居たたまれなくなったのか、開け放った襖をそのままに、泣きながら部屋を飛び出していった。

(そういえば、しばらくの間ろくに話もしていない…。)

幼少の頃は仲良く遊んでいた二人だったが、正太郎は自分の気持ちを表に出すのが元々苦手だった。

この家に引き取られて以来、必要な事以外はあまりしゃべらなくなった。話をすること自体は必要なことでなくとも、桐子は許嫁なんだから自分から積極的に話しかけることなどしなくてもいいだろうと常日頃思っていた。

それが、いつの間にか桐子に冷たい印象を与えていたことも知らずに。







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