< 落陽 〜after 0>




  [ 2 ]



街中を歩いていても、アレックスは意外に奇異の目で見られることはなかった。それは、他にもよその土地からやってきたであろう人々が歩いていたりするからだ。それは、この町が大陸の貿易の拠点の町であることによるものだろう。

アレックスは手にしている刀と脇差は本来自分の物ではないが、今自分を守ってくれるのはこの刀しかない。平和そうな街に見えるが、ここは初めて訪れた異国の街、故郷の街だって治安がいいとはいえなかったので、決して気を許すわけにはいかないと心の底では相当に警戒していた。

小腹がすいたので、適当に食事をとろうと、とある飯屋に入ると、昼時とあってか店内は働く男達でごったがえしていた。

とりあえずカウンターに腰掛け、適当に出してもらった食事をしていると、どかどかと大げさに店内に数人の男達が入ってきて、大きな声で店の主人に挨拶した。

「おう親父、いつものこれ、はっといてくれや」

「そろそろこの店に宣伝料でも払ってもらうぞ?」

店の主人が軽く笑いつつも男達から羊皮紙を受け取ると、それを店の壁に貼り付けている。

(法に触れない危険な仕事何でも引き受けます 夢の職業『冒険者』より)

羊皮紙にはそう書いてあった。アレックスは思わず店の主人に冒険者とは何だと聞くと、主人は誇らしげにこう答えた。

「彼らは柄は悪いがれっきした真面目人間達さ。危険を伴う仕事を自慢の腕っ節でこなしてその場限りの報酬をもらうやくざな仕事人さ」

ふうんと聞くアレックスは少しこの職業に興味を持っていた。なぜなら、この土地で安定した収入を得ることは異国から来た彼にとって難しく、自慢と言えるのは自らの剣術しかないと思ったからである。

しかし、後に店の主人から聞かされる一言で、その希望は一気に吹き飛んでしまう。

「危険というだけあって、流血沙汰が多くてね。そのせいで他の店の出入りができなくなったヤツもいる。知らずのうちに法に触れちまって処罰されたヤツもいる。下手すりゃのたれ死ぬなんてこともあり得る。もしあんたがこの職業を希望するんだったら、悪いことは言わん、やめておけ」

軽い口調でいいつつも、芯のある主人の言葉に説得されたアレックスは、食事を終え店を出るとまず街並に慣れようとぶらぶらと街中を散策していた。

無骨な石畳や鋭くとがった屋根、西の大陸の生活を船の上でしか体験していなかったアレックスにとって何もかもが新鮮に見える。すっかり街の見物に夢中になって、夕刻には町はずれの岬で水平線に沈んでいく夕陽を見えなくなるまで眺めていた。







とっぷりと夕陽が沈み、街のにぎわいが静かに収まってしばらくした頃、アレックスは今夜の宿を探している途中、道に迷ってしまった。

狭い路地が複雑に交差する町並みは、いくら昼間中散策していたアレックスにとっても、一日で覚えきれるものではない。あまり遅くなると宿が閉まる…そう考えると焦りが先に出てしまい、判断力を欠いたまま同じ道を行ったり来たりしていた。

そこへある路地を走る途中、前方にだらしなく歩く数人の男達を見つけた。あからさまに柄の悪そうな風体だったので、避けようと目を合わさず脇を通り抜けようとした時、一人の男が前方に割り込んできて、肩がぶつかってしまった。

すみません、とアレックスが視線を合わさずに去ろうとすると、むんずと肩を掴まれ、塀に押しつけられた。

「ぶつかってきたくせに目も合わせずにすみませんはねえだろ?」

口元のゆがんだ男はアレックスの眼前で罵声を浴びせる。

「ぶつかってきたのはそっちじゃないか…」

小声でアレックスは反論するも、この状態では焼け石に水というものだ。

相手は4人、いずれもだらしない格好をし、中にはこれ見よがしに腰に差している短剣をちらつかせていたりするが、ただ一人、「ジェイク兄貴」と呼ばれた男だけは威勢も風格も他の3人とは違って見える。体格もがっしりしていて、見るからにとても強そうだ。

他の3人の持つ短剣とは別に彼は腰に小振りの円月刀(シミター)を差していた。そのジェイクがこの四人組のリーダーだということは一目瞭然だった。

「せめて慰謝料くらいはもらわねえとなあ…。おっこいつスゴイ剣持ってますぜ!」

そういって、ゆがんだ口の男の手がアレックスの左手に持っていた刀に伸びてくる。

「さわるな!!」

その瞬間、アレックスの右手が瞬時に男の手をはねのけ、身構えた。男達も一斉に短剣を抜いて「おうおうやる気かお坊ちゃん」と言いながらへらへらと薄笑いと浮かべる。

この路地は狭い上、左右を塀に、前後を男達が塞いでいる。他には道行く人もなく、助けを呼ぼうにもきっと応じてはくれまい。誰だって巻き込まれるのはごめんだから。

「やれ」

ジェイクが顎をしゃくると、前方の男が下品な笑いを浮かべながら遊び半分に短剣を突き出してきた。

しかし、アレックスにとっては遊びなんかじゃない。繰り出された短剣を素早くかわし、電光石火の抜刀でその男の手首を一閃した!その直後、男の右手首がズルッと落ち、斬り口からは大量の血が吹き出してきた。手首を押さえけたたましく叫び声を上げてのたうち回る男を見て、残るジェイクの部下二人は恐怖のあまり完全に戦意をそぎ落とされてしまった。

その隙をついて、身を翻したアレックスはこの路地を抜け出した。長居をしてはまずい。一番避けたかった流血沙汰を初日で起こしてしまった。また後悔の念がアレックスの心を支配しようとしていた。

身を翻す際、一瞬見えたジェイクの目は、まるで野犬のようだった。

しばらくの間逃げまどった末、偶然見つけた宿で一晩泊まることにしたアレックスは、役人が自分をたずねてくるのではないかと内心おどおどしながら、個室にある燭台に灯りもつけず、寝台の上で刀を抱きしめうずくまっていた。

(まずいことになった…!)

(でも俺は悪くない!仕掛けたのはあっちからだ!)

必死に自分が正当防衛だったことを言い聞かせる。ただ気にかかるのが、もし役人に捕まったとして、この行為が正当防衛として認められるかだ。

昔の倭国の律令では、相手がどんな人であろうと、人殺しには死刑を、傷害には百叩きを、という風に、相手が負った損害に合わせて加害者が罪をあがなうというのもある。

果たして、この国ではどうか。初めて訪れた国の法律のことなどアレックスには知る由もなかった。









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