| [ 1 ] 「さあて、つもる話といきましょうか」 正太郎を介抱した男は、食器を片づけると、どかっと簡素な椅子に腕組みしながらすわりこんだ。 彼の名はオーギュストといい、ラザングリアと呼ばれる西の大陸では相当に名を馳せた傭兵だとごつい手で禿頭をなでながら自慢げに語っていた。 そして、彼はでかい図体に似合わない細い目で、正太郎の目を見ながらこう切り出した。 「おまえさんが倒れてもなお握りしめていたこの書簡だが…。ここに記されているとおり、君が敬虔なクライネ教留学生の進藤ソレスト君かね?」 「…はい」 「ウソつけ」 「…はい」 なんと正太郎はあっさりと自らのうそを肯定してしまったのである。うそをついていたことを既に見抜かれていたかのように。 「ま、目を見ればだいたいわかるさ。おまえさんはウソが言えない性格だな」 オーギュストの言葉に、正太郎はうつむいたまま黙り込んでしまった。 「安心しろ。別におまえさんを煮て食おうってんじゃないし、俺としてはどうしておまえさんがあんな目にあったのか、どうしてこの書簡を持っているか知りたかっただけだ」 実はと切り出した正太郎は、ここまでに至った経緯を包み隠さず話した。 クライネ教信者の討伐に出陣したこと、義父を殺してしまったこと、そのために桐子と殺し合わなければならなかったこと、生き延びたいために死者の持ち物から書簡と刀を奪い、自分の身代わりにさせたこと…。 オーギュストには、話を聞く限り、この少年が大怪我をしながらも、生き延びていることが逃げて生き恥をさらしていることと捉え、そのことについて相当な後悔の念を抱いているように見えてならなかった。 そうかそうかとオーギュストが大きく頷きながら相槌を打って、そういえばな、と付け加えるように話をつなぐ。 「その書簡を持っていた男、進藤ソレスト君はな、実はこの書簡を持って船に乗り込みに来たのではなく、事情により留学を取りやめると申し出て来たのだ」 「…それはなぜです?」 よく事情が飲み込めていない少年に、巨漢の傭兵はやさしく丁寧に説明してやる。 「倭国のお偉いさんが、留学の話を一方的に断ってしまってな…まさか戦にまでなるとは思わなかったが。本来の目的の貿易はうまくいったが、クライネ教の話となると、倭国のお偉いさん方は一斉に眉をひそめやがった。よほど異教徒が気に入らなかったらしいな」 「…」 正太郎はそのことに対してこれ以上口出しはできなかった。なぜなら、彼の首にも以前大勢斬り捨てた人々が下げていたものと同じ、太陽を模したお守りがあったからだ。 正太郎から見れば、自分が先の戦で大勢殺したのは彼の仲間だと受け取っても差し支えない。それを思うほど、彼の細い目をまっすぐに見ることができず、ついうつむいてしまう。 「おいおい、どうした。顔色が悪いぞ?」 「いえ…」 正太郎はうつむいたまま答える。表情はすでに狼狽を隠しきれていない。 (もうだめだ…) 自分は彼の仲間を斬ってしまった。 (殺される…!) 村人らには罪はなかった。目の前の屈強な傭兵はきっと許してはくれまい。まるで奉行所で裁かれているような圧迫感が正太郎を襲い、罪の意識が自分の心を押しつぶす。 「そうか、それならいいんだ。よかった」 意外な返答に正太郎はあっけにとられた。 「おまえさんが正直者でよかった。ずいぶん悩んでたみたいだな?」 「でも俺はたくさん人を殺して…」 「だからどうだというんだ!?」 変に食い下がる少年に、禿頭の中年が真顔で問う。 「もうこれ以上殺すのが嫌だからここへ来たんだろ?義理とはいえ自分の父親を殺してしまったが、それも義憤にかられたからだろ?そして許嫁ともお互い生き残るために決闘からわざと逃げてここまできたんだろ?違うか!?」 少年は返答すらままならず、後悔や悲しみで押しつぶされそうになって、頭をぐしゃぐしゃに掻きむしりながら泣き出してしまった。 「やれやれ…」 オーギュストは少年の座っている寝台の隣に腰を下ろすと、ごつい手で少年の頭をさらにぐしゃぐしゃにしてなでた。 少年は泣きやまなかったが、涙声でつぶやいた。 「…俺がいままでしてきたことが正しいかどうか、わからないんです…」 「それは俺にもわからんさ。俺は傭兵だが人殺しが正しいなんて思ったことは一度もねえ。だがな、これだけは言える。大事な人にいつまでも生き続けて欲しいっていう気持ちは純粋に正しいと思える心そのものだ」 禿頭が立ち上がると、未だにうつむいたままの少年に向かってこう言った。 「おまえはさっさと傷を治せ。この船は人手が足りなくて困ってるんだ」 もうあれから二年半経つ。 少年はすっかり他の船員とも馴染み、主に雑用ではあるが、まじめに仕事をこなしていた。 彼が今日までの間、西方の事の多くを学んだ。言葉や習慣、政治や制度、クライネ教のことまで。 船が難破しかけたときもあったし、海賊に遭遇したり、病で船員に死者が出てしまったのは残念だが、無事にここロアールの港町、オースティンにたどり着けたことに十七になったばかりの少年の心は期待と不安でいっぱいになった。 (これからどうして生きてゆこう…) 船が港にゆっくりと入っていく様を甲板から眺めながら、異国の潮風を全身で受け止める。 故郷(くに)にはもう帰れない。だが、あの忘れ得ぬ眼差しと落陽は心の奥底にしまっておこう。 感慨深く目を閉じているところへ、後ろから怒鳴り声が聞こえてきた。 「こらアレックス、荷下ろしの準備だ!さっさと手伝え!」 「はあい!」 かつての正太郎という名の少年は「アレックス」と呼ばれていた。この名はオーギュストがくれた名だ。もう故郷に帰ることはない少年は快くその名を受け入れ、それ以来結っていた髷(まげ)も切り落とし、服装を改め、心までも改めた。 もうくよくよすることはない、何か目標を持って、そして精一杯生きてみせると、そう決めた。 慣れた手つきで荷下ろしをすませると、船長が船員を全員集めて解散式を行った。その近くには、船員の家族と思われる人たちが集まってきている。 小さな子供を連れた母親、すっかり年を取り、老人になってしまったが息子の帰りをいつまでも待ち続け、暖かく出迎えにきてくれた様を見て、正太郎、いやアレックスはうらやましくも寂しい気持ちにさせられた。 二年半も苦楽を共にした船員達と別れるのは確かに寂しいが、彼らにも守るべき家族がいて、守るべき生活があるのだ。それは傭兵のオーギュストとて同じ事だった。彼には肝のすわってそうな大柄な奥さんと彼に似たわんぱくな一人息子がいた。 解散の終わり間際で、アレックスは船長に呼び止められ、革袋を持たされた。中には金貨が十枚入っていた。 船長が「これからこの額じゃ足りなくなるかも知れんから、早く住まいと職を探せ」と励ますと、アレックスはこれにしっかりとうなずき、足取りも軽くオースティンの街中へと繰り出していった。 next> menu |