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アレキスはその性格に反比例して、剣の筋が良いらしかった。
聖堂騎士に使える奇跡(いわゆる僧侶魔法)の筋はいまいちだったが、信心などほとんど持ち合わせていない理由を考えると当然と言えた。いっそ剣の才能もなかったほうが苦い思いをせずにすんだのかもしれないが、アレキスはまとわりつく闇から逃れようとしてがむしゃらに剣を振り続けていたのである。
表向きには、初任務の一件以来仕事に対して私情をはさむことはなかった。
すすんで敵を屠ることはなくても黙々と、手際良く仕事を片づけることとなり、 本人の意思とあいまって、騎士団内での階段を着実に登っていった。
だが貴族ではない、ただの騎士の家系に生まれているから、その昇級もいずれは頭打ちになろう。
そのことに心の隅で密かに安堵していた。見当違いの思いであるという自覚はあったが。
アレキスが21、リフィーナが22の春。
幼なじみとはいうものの、年月が経つにつれていつもそばにいられるわけではない。
それにも増して、アレキスは妙な罪悪感からあえて距離をおくようにしていたし、リフィーナも複雑な心境のまま、そんなアレキスの行く末を黙認していた。
どうにもできないという無力さを感じているのだろう、アレキスにはそう察しがついた。無力という点では彼も同じようなものだったが。
そんな不自然でぎこちない日々の中、騎士だったアレキスの父が死んだ。任務中の、突然の死だった。
「・・・・これはお父さんからよ。誰にも見せてはいけないと言われてるから、十分注意してちょうだい」
葬儀の日より1週間。息子に向かって、母ノエルがおもむろに1通の手紙を差し出した。
遺言を今ごろ?とも思ったが、それなら母への手紙に託してある。そもそも誰にも見せてはならないという点が不自然だ。それは、生前から手紙を母に託していたということをも意味していた。
〔ただ一人の息子へ〕
表書きにそうあった。封を開けてみると、手紙が二枚入っている。 うち一枚の日付を見て驚いた。なんと3年も前のものだった。もう一方は2ヶ月前のものだ。 どちらを先に読むか迷って、とりあえず新しい方を先に手に取った。
『アレキスがこれを手にしてるということは、私はもうこの世に亡いということだろう。ここから先は死に逝き、心をまっとうできなかった年寄りのたわごとということで、どうか見逃して欲しい。あるいは、もし今の仕事に十分納得し、しかも昔の手紙を見ていなければ即刻この手紙を焼き、すべてなかったことにしてもらいたい』
・・・・納得して?
知れず胸が騒いだ。アレキスは迷わず次の文を読み始めた。
『今となってはヴァレンの騎士がどのようなものか、お前にもよくわかっているだろう。今から引き返す術もおそらくは残っているまい。
だがせめて、母は悲しませないでほしい。お前もおそらくリフィーナを悲しませたくないために、彼女に教えない数多くのことがあるだろう。同じように母を守って欲しいのだ。母は未だに我らの真の姿を知らぬ。知らぬままで過ごさせてやりたいのだ。事実を受け入れるには、あれはあまりにも儚すぎる』
表向きには辺境の魔物討伐に赴いて死んだことになっている。が、手紙には真実が記されていた。 辺境の、あるいわくつきの村を虐殺するよう命ぜられた、と。
父は今回の任務に行く直前に手紙をしたため、母に預けたことを知った。
『私は行く。行かねばならない。だが、いつかこの忌まわしい輪廻が変えられることを、そしてお前の幸せを、心から祈ってる』
手紙を片手に、深いため息をついた。まさか父が同じ気持ちでいたなど、考えたこともなかったのだ。
いつからなのだろう?そう思って、もう1枚を手にした。
さっきは気付かなかった。3年前の・・・・この日付。 さっきよりも更なる鼓動が全身を絡めとった。今も忘れられない、あの村の少女を殺害した任務。帰ってきてから間もない日だったのだ。
それは手紙と言うよりは、むしろ日記のようだった。父はあの悪夢の日のことを、あえて今、自分に思い出させようとしている。あまりにも残酷な仕打ちのようにも思えたが、一方で自分がそれを受けて立たなければならないこともわかっていた。
今なら、父になら、すべてをさらけだしてもいいのかもしれない。
そんな気持ちが脳裏をよぎって、恐る恐る本文を読み始めた。
『アレキスが帰ってきた。ノエルが心配している。どうも任務で何かあったようだ。明日にでもグリークに聞いてみることにしよう。
・・・・やはり、アレキスを騎士団に招き入れたのは間違いだったのだろうか?
私の父も騎士だったが、決して任務のことを生涯口にしなかった。だから、私は入るまで知らなかった。そして私も今また父と同じ道を歩んでいる。黙っていた私を、アレキスはどう思っているのだろう?
おそらく、辛い任務にあたっても何も言わないところを見ると、私のことを「普通の」「よく仕える」「立派な」騎士として見ているのだろう。
決してそうではない・・・・・と言えればいいのだが、事実は「そうでないと、良い」程度でしかない。そんな自分が腹立たしい。息子に同じ道を歩ませるのもまた。
周りはアレキスにずいぶん目をかけてるらしい。かけられればその分だけ大変だろう。やはり「騎士の息子は騎士」の慣習を、私が破るべきだったのだろうか?』
アレキスにとっては長い間、遠い存在の父だった。1ヶ月以上任務に出かけて帰ってこないこともしばしばだった。帰ってきたときも泣き言など言わず、仕事の様子を尋ねても表情一つ変えなかった。そんな父が、騎士と言う存在にまさかこんな感情を抱いていたなどとは、それこそ想像の彼方にあった。
死して今、始めてその存在がひしひしと胸に迫って来た。他でもない、アレキスの真の望みと共有したがゆえに。
『いつか言える日が来るのだろうか。 本当のことを話せる日が。 ・・・・そんなことを考えなくても済むような日が。 私の罪を償える、その日が』
アレキスは最後まで読みきって・・・・手紙を握りつぶした。側の明かりに寄せて、燃えてゆくのを黙ってみていた。その一片まで、焼き尽くされるまで。
先ほどの様子だと、間違いなく母は中身を見てはいないはずだ。こんな内容を見せられるわけがなかったのだ。
せめて母とリフィだけは守ろう。何としてでも。
そう心に決めた。
アレキス、24の冬。
青年は新たな任務を命ぜられた。驚くべきことに単独任務だったが、前例がなかったわけではない。
内容は、とある主要人物の暗殺だった。 他国に渡るため、部隊そのものは派遣できない。その中で自分に白羽の矢が立ったということらしい。
いつもの通り、頭を下げた。今さらという考えすら、すでに浮かばなくなって久しい。
「勅命、つつしんでお受け致します」
「よい報告を待っている。・・・・そうだ、アレキスよ」
「・・・・? はい」
思い出したように口調を変えて、新たな上司となった連隊長ジグムントは告げた。その声には、どこか誇らしげな響きがある。
「この任務を終えたら、身辺を整理しておけ。もっとも、潔癖な卿に整理するほどの何者があるとも思えぬが・・・・」
「?」
どちらかといえば世俗に疎い青年には、上司の言わんとすることが見当もつかない。
ただ、卿という敬称がなぜ自分に使われるのか? その違和感が塊になって喉を下っていく。
そこに、決定的な言葉が降りかかってきた。
「クレオ子爵のご息女を交えた会食に招かれる。ふさわしい服を用意していたほうが良かろう」
クレオ子爵とは現教皇の縁戚にあたる。そのことに気づいた時、アレキスは愕然とした。長年恐れていた、最悪の事態を迎えてしまったのである。
驚きを隠せない青年を見て、ジグムントは何やら勘違いしたようだ。場違いな自分にしり込みしているとでも思ったのだろうか。 優しい口調になって微笑んだ。
「そう堅くなることはあるまい。今までの卿の忠義が生んだ、一つの結果に過ぎぬ。それが陛下の目に止まったのだ。 これからも変わらず陛下への志を忘れなければ、卿のことだ。決して悪いようにはなるまいよ」
なんと答えて良いものか皆目わからず、ただその場に深く低頭する他なかった。
その日の勤めを終え、一人になってからふと思った。
(僕自身の運命を変えることはできなくても、ここで断ち切ることはできるかもしれない)
父は祖父から。自分は父から繋がり、続くもの。
だが、自分のあとはまだない。
・・・彼自身が、すべてを背負うことさえできれば。
暗い決意を秘めて、帰り道の空を仰いだ。