【STAGE 6】




次の日から、クリスは怒涛の忙しさに翻弄されるようになる。

まずはアーマーキングのもとに出向いて、「俺がやります」と一言告げた。

グレイは自分よりも遥かに若い青年に向かって丁寧に頭を下げ、全力で補佐することを約束した。

方向が定まれば、あとはそれに立ち向かうだけ。クリスの行動は素早かった。

仕事を辞める手続きをし、プロレスをはじめるため本格的に体重を増やし、あらためて基礎トレーニングを積んだ。

そんな日々の中、アニーも決意した。肩の荷を下ろすことができれば、お互いが傷ついてもたぶん耐えられる・・・長く考えたあげくの結論だった。

「話があるの、クリス」

「・・・なに?」

彼女がこんな切羽詰ったような表情で話すことなど、忙しさに目を回していた当時のクリスには想像がつかない。

まさか別れ話とかじゃない、よな・・・? 

そんな悪い予感が一瞬だけよぎった。忙しさにかまけて彼女を放ったらかしにしておいたとか、疲れてて昨日の晩御飯を食べないでそのまま寝ちゃったからだろうか?とか、笑い話にしか思えないことをいろいろ考えたのだが。

「キングから、本当は聞いていたの。クリスの、両親のこと・・・」

思いもかけない話題で、クリスは目を見開いた。

アニーはすべてを話した。そして話が終わって、ためらいがちにこうつぶやいた。

「話してもどうしようもない、そう思ったから。・・・傷つくんじゃないかと・・・傷つくだけなんじゃないかと、そう思って。
今まで言えなかったよ・・・ゴメン」

クリスはうつむいて答えなかった。アニーはそれ以上いたたまれずに、その場を去ろうとした時。

「・・・いや、ありがとう」

「・・・」

「何もできない、あの時聞かされていたら・・・どうしてただろうな?」

「クリス・・・」

つきものが落ちたような、さばさばした口調だった。

憎んだことがないといえばウソになる。でもそれを受け入れるだけの強さが、今のクリスにはあった。その強さがどこから来ているものなのかも、ちゃんとわかっている。

これから向かって行く道のために、自ら望んで得た強さだ。自分でも驚くほど、今回の一件で決意してからの自分は強くなったと思う。

「もう今は恨んじゃいない。むしろ感謝したいくらいだよ。大事なものは、すべてあそこに繋がっているから。キングも、孤児院も・・・もちろん、アニーも。

父さんはともかく、母さんの居場所はわかるんだね? だったら。・・・たとえ僕のことを忘れていても。僕には感謝する理由がある。ここにいられるのも、母さんのおかげなんだから」

そうして、クリスは手を差し伸べた。愛情と、無数の感謝をこめて。

「だから。僕がこれから力をつけたら、いつか何かの形で返しに行こうと思う。・・・その時は、できればアニーも一緒に・・・何年先になるかわからないけど」

アニーは、何かを恐るように手を伸ばした。触れたら消えてしまうもののように・・・しかし、それはしっかりと彼女の手を握り返してきて、温かい波が伝わってくる。思わず涙がこぼれた。そんな彼女を抱き寄せて、クリスはとめどなく泣きじゃくる背中を、そっと撫でた。

「何かができるようになったら、みんなにたくさんのものを返したいと思うよ。アニーに、メリルに、母さんに、子どもたちに、グレイに・・・キングに。だから。

がんばるから。絶対」







【FINAL STAGE】




彼はまぶしい光の中に浮かび上がっているリングを見つめた。

観客席も、高い天井もまるで目に入らない。遠くから見つめると、そこはさながら夜の闇にうごめく蛍のように儚い光だったが、クリスはその場所の圧倒的な存在をひしひしと感じた。

キングはここで10年以上闘ってきた。その感慨が、波のように身体中を満たして行く。

自分がこの光の中に立つことは、想像の彼方にあった。だが、それはもはや夢でも幻でもない。

光をこの手で掴む。それが現実として、どれだけ痛みを伴ったとしても。

・・・誰もいない、静かなだけで、別の場所へ誘われたような感覚。

吸い寄せられるように、クリスはリングに近づいた。

見上げ、マットにそっと触れると、ひやりとした感触・・・武者震いがした。

明日。自分はここに立つ。

キングのマスクと、魂と・・・無数の希望を継いで。

想いを胸に、クリスはいつまでもそこを見上げていた。





決意を固める背中を、アーマーキングが観客席の隅から眺め下ろしていた。

いつの日か彼が、キングの仇を討つために敵≠フもとへ赴くとき、クリスも共に行 くだろう。 まだ、詳しいことは何一つ話していないが、彼なら一緒に闘ってくれるだろうと信じていた。

次に敵≠ノ相見える時、グレイも今のままの強さであるはずがない。

実際のところ、勝機はない。 今はまだ・・・

それが運命と、ただ一言で片づけるわけにはいかない。敵が、たとえその名の通り神だとしても。

そんな運命など、必ず、この手でいつか握り潰してみせる。

まして背負ってるのは、自分一人の生命や未来だけではないのだから。

グレイは、あの日の腕の傷痕を静かに見つめ、拳を強く握りしめた。







キングを殺した、人ならざる敵“闘神”とは?

それを背後で操らんとする組織“三島財閥”とは?

そして新たな長き闘いをはじめた、アーマーキングと新生キングの行く先は?

・・・それはまた、別の物語となる。



fin








<back


あとがき>








menu