【STAGE 4】
一週間、クリスはいまだ迷いの淵に沈んでいた。
皆の夢を壊したくない。グレイの闘いに協力したい。そしてなによりキングの望みを、孤児院を支えたい・・・。
そういう思いとは裏腹に、自分が何か間違えば、すべてを打ち砕いてしまうのではないか?という恐れが、天秤の一方的な傾きを食いとめていた。
「なぁ、アニー・・・」
決断できないことが情けないことと十分自覚しながら、それでも聞かずにはいられなかった。
自分にキングのかわりはつとまるのか? キングになれるのだろうか?
「・・・あなたはキングじゃないわ・・・今は、まだ」
彼はそれを聞いてうなだれるしかなかった。後ろに申し訳程度に付け加えられた一言はあまりにも小さな声で、クリスの耳には届いていない。
言葉を都合の悪いほうに誤解した彼に気付いたが、いつもの陽気な彼女とはうってかわって、フォローすることもなくそれ以後口を閉ざした。
彼女にも矛盾した思いがあった。彼の望みを知りながらも、その道はいばらの道だ。
傷つかずにはいられない、そんな場所にどんな顔で送り出せば良いと?
クリスはかつてのキングじゃない。・・・新たなキングにはなれるかもしれないけど。
誰よりも近しい存在だけにその可能性に気付いていたが、それを口にするだけの勇気はない。
彼女はこの時、キングから聞いた話を思い出していた。 かつてここを訪ねてきてくれた時に聞いた、青年の両親の話。アニーは彼にまだ、そのことを教えていなかった。
しかし。
知ってしまえば、それがたぶん引き金になると、彼女は確信している。
彼なら、最後には逃げるようなことは決してしない・・・だからこそ言えない。
(あたしは、クリスが傷つくのと、彼を閉じ込めるのと、どっちなら隣で見守っていられるの・・・?)
「・・・なん、だ・・・と」
グレイは押し殺した声に震えながら、その資料を握り締めた。
「どうした、グレイ?」
「・・・あ、ああ。いや、なんでもない」
「そうか?」
ロッカーに慌てて隠された書類は、ゆうに30枚以上に渡る膨大なものだった。
つい先ほど、ジム宛てに届けられた郵便は送り主がなく、書類の頭には赤文字で“Secret”とある。
周りの誰にも知られていない、その書類の一文には、こうあった。
【・・・昨年末、三島財閥は総帥・三島平八指揮のもと、インディオの遺跡にて古代文明を発見。そこで謎の生命体を発見との報告あり。財閥が密かに誇る精鋭部隊「鉄拳衆」が、その生命体により壊滅されたとのこと。三島はこの生命体を、「闘神」と命名し、これの奪取に全力を注いでいる・・・】
「・・・三島が関係しているとなると、やっかいだな・・・・・・」
ロッカールームを後にするグレイは、いつものマスクを被りながらひそやかにつぶやいた。
(やはり、一朝一夕ってわけにはいかないか・・・)
報告書は、財閥から盗み出した情報を主に、その「闘神」とやらの目撃証言を細かく記載している。
・・・彼の記憶と同じ、あの夜に垣間見たまさにあの姿を。
【STAGE 5】
あいかわらず態度を決めかねているクリスは、この日一人で孤児院に足を向けてみた。
現実逃避してると言えばそれまでだが、楽しいことも悲しいこともすべて繋がるこの場所なら、もしかしたら答えのかけらなりとも見つかるかもしれないと、期待したのは確かだ。
「あ、にーちゃ〜ん!」
「クリスにいたん!」
「おうよ、みんな元気か?」
口々に名前を呼び、駆け寄ってくる子供たち一人一人に答えながら、クリスは視界のなかであるべき女性を探した。あれからずいぶんと日にちが経過している。もしかしたら・・・とも考えたが、心配は無用だった。いつものとおりの姿が、そこにあった。
メリルは複雑な表情をしているのが、遠目にもわかる。
あの日、グレイに会うために孤児院を出てから、肝心の真実をメリルに告げることができぬまま(あんな突拍子もない話を言えるわけがない!)今日まで会わずにいたのだから、当然と言えば当然だろう。
子供たちと戯れながら、クリスは考えていた。むしろ困惑していたという方が、正しかったのかもしれない。
最初は自分がどうするかを聞いてみるつもりだったが、それよりも前に話さなければならないことがある。
何を話すか。どこから話すか。どこまで話すべきか・・・考えても、何一つ正しそうな選択は見つからない。
・・・アニーを連れてきてくれば良かったな・・・
どこまでも他力本願な考えだったが、そもそも彼女を連れないで来たのも自分だ。諦めるしかなかった。
「・・・グレイが、あなたを新しいキングに・・・?」
メリルは目を見張って、青年を凝視した。
最初はたどたどしくはじまった会話の中で、クリスは極力“キングの死因”に関わる話題を避けた。ひたすら避けまくって、グレイの苦労が今ごろ理解できた。
だが、クリスが会わない間に、彼女も苦しみをある程度乗り越えたようだった。それほど激しく、以前のようには問い詰めては来なかった。
「グレイはどうしても教えてくれなかった・・・それには、それ相当の理由があるのよね。
クリスには教えて、私には教えてくれない・・・それが正しい判断だと思える“理由”が。
だったら、私はあなたたちを信じることにするわ。
誰一人として真実を封印してしまうというなら決して見逃すことはできないけど、あなたやグレイならそうはしないはず・・・そうでしょ?」
むしろ自分自身を励ますかのように、噛み締めるように、メリルはそう言った。あの一件以来、クリスに対する話し方はずいぶん砕けた、身近なものになっている。
信頼のにじみ出る声で言われ、静かに微笑まれることで、ようやくクリスは緊張を解いて肝心の話を持ちかけることができた。潔く聞いてみることにした。
「僕なんかにつとまるのでしょうか・・・」
「と言われても・・・」
メリルは以前よりは幾分か明るくなった表情でしばし考えこんだが、「だったら」と、思わぬことを言い出した。
「じゃあ、クリス以外なら誰がいいと思う?」
「え?」
「新生キング」
・・・考えたことがなかった。
キングに一番近い存在ならもちろんアーマーキングだし、それ以外っていうことだから・・・
・・・
・・・
・・・思いつかない。
「誰もいないなら、クリスがやってもいいんじゃないかしら。他の人にゆだねるより、よほど納得が行くはずよ」
「それはまあ、そうだけど・・・」
「アニーはどう? なんて言っているの?」
「『僕はキングじゃない』って・・・」
そう言ってうなだれた青年を微笑ましいと思いながら、メリルはこの場にいない女性の心情を思いやった。
おそらく、彼女自身の気持ちの整理がつかないのもあるだろうが、あちらの世界に足を踏み入れて、色々苦労するであろう青年のことを心配する部分が強かったに違いない。
彼自身、アニーの後押しがあれば、迷わず歩いて行けるだろうと心の奥底でひそかに信じていたために、この言葉は青年にとって、少々酷に響いたのかもしれなかった。
それがわかったので、こう答えた。
「そうね。あなたは『アレックスが演じている』キングではありえないわ、決して」
「・・・あ」
「でも、“キング”はここにいるみんなの願い、みんなの夢よ。アレックスはその願いをかなえてくれようとしていただけ。クリスにもわかるでしょう? ここの子どもたちの、願い事なら」
「・・・」
微笑んで、メリルはむしろ誇らしげに言った。
「それが“キング”の条件。それで十分なのよ、私たちにとってはね」
「・・・でも・・・」
言いかけて、反論が見当たらなかった。自分の願ってることが、まさしくそうだったからだ。
できるのだろうか? 予感が胸に沸いてくるのを、クリスは戸惑いながら自覚していた。しかし。
まだ、どうしても言えなかった。自分がキングになるという、決定的な言葉を・・・。
帰り道。天気はいつのまにか、どしゃぶりになっている。孤児院から借りた傘をさして、駐車場までの道を小走り気味に歩いていると、いきなり背後から中年の男性二人連れに話しかけられた。
「ねぇ君、ちょっといい?」
見覚えはまったくなかった。その話し方が、なんだか癪に障るような言いかただったので、クリスは足を止めて努めて平静に答えた。
「なんでしょうか」
そもそも、この異常なまでの雨の中で人間を呼びとめるほうがどうかしている。本当は無視して車に乗りこみたいところだ。
「ちょっと聞きたいんだけど・・・いや、簡単なことなんだ。君は、ここの孤児院の関係者かな?」
「・・・そうですけど」
否定する理由もないので、だからなんだという感じで答えると、男二人は顔を見合わせて納得したように頷いた。
「この前、プロレスラーのキングのジムに行って、アーマーキングとなにか話していたよね。その内容をちょっと教えて欲しいんだ。もし時間がよければこの後でも・・・もちろん、それなりの礼はするよ」
・・・見られてた!
頭が金棒で殴られるような衝撃だった。グレイの心配は本当だったのだ。
目の前の男性連中は、雰囲気からして「ゴシップ売りこみ専門です」と看板を背負っているような輩だ。どうやら、突然姿を消したキングについて、噂の真相を突き止めるべく動き回っていたのだろう。
こいつらにとっては、真実じゃなくてもいい。面白く、世間が盛り上がるような、売れるバカな話なら何でも。
・・・そんな奴らのエサに、彼を・・・キングを使うというのか。
「知りません。別件で約束がありますので、失礼します」
怒りを抑えて足早に立ち去ろうとした時。聞き捨てならない言葉が、耳に飛び込んできた。
「やっぱり、再起不能っていうのは本当なんだね?」
「無敵のヒーローって言っても、いいトシなんだろ? ギックリ腰であえなく引退ぃ、なんてカッコ悪いからなー」
ぎゃははは
下品な笑い声が頭の中にこだました。その瞬間、クリスの中で何かが弾け飛んだ。
「ぐはっ!」
「・・・き、貴様ぁ!」
二人連れの片割れが、傘を放り捨てたクリスに真正面から殴られて、5メートルほど後ろに吹っ飛んだ。
「それはこっちのセリフだ。お前こそ何様のつもりだよ!」
即座に言い返して、もう一人を、全体重を乗せて反動をつけた拳で一撃のもとに沈めさった。
最初に殴られた男は、一発で意識を失った相棒を見て、腰を抜かしたらしい。立ちあがろうとする気力を失い、水溜りの地面に座りこみながら明かに逃げ腰になっている。
意識を失った方はカメラを持っていた。クリスは無造作にそれを手に取り、ネガを引っ張り出すと、力任せに引き千切って雨の中に放り投げた。その様子をみた男はさすがに気色ばんだが、クリスに一瞥されて再び声を失った。
立ちあがれないでいる男を眺めると、クリスは無性に笑いたい衝動にかられた。
この男を見下しているのではない。そんなくだらない理由じゃない。
奥底から湧き上がってくるその想いは、宝物を見つけたかのように、自身満々の誇らしげな笑いになった。
「いいか。キングは死んじゃいない。永久にな。また近いうちに、間違いなくリングに立つ。
お前らがまた余計なことをしでかすようだったら、キングとその相棒が、お前らをぶちのめしに来るぜ」
その言葉こそが、まぎれもない“決意の言葉”。
そのことを、この男たちは知るよしもない。
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