= 中編 =



わたしたちは文通友達になった。



インターネットが当たり前の時代に、なんでこんな古めかしいことを・・・とはじめは苦笑していたが、わたしも彼も、

携帯電話こそあれどパソコンを持っていなかったので、このやり方が一番馴染んだ。

わたしは月に二回届く、その短い手紙を・・・手紙と共に必ず届くさまざまな写真を心待ちにするようになった。





届く写真は、実に多種多様だった。

時に花畑であり、展望台から見下ろす景色であり、海辺の波打ち際であり、あるいは曇り一つない星空であり。

自然だけではない。たまたま山で見かけたと思われる珍しい動物の姿だったり、旅行先で撮ったという建造物の時もあった。



わたしのほうからは、何も送ることができなかった。

相手を感動させることのできるような、クリエイティブな才能は何一つない。それがひたすら歯がゆかった。

でも、何度か手紙をやり取りしているうちに、相手が写真を撮ることに自信をなくしていたということを知った。

あの写真展で、はじめて感想をもらったことが、とても救いになったと。

写真を撮り続けていられるのはわたしのおかげだと、そう手紙に書いてきた。



妙に照れくさかったので、わたしは写真が送られてくるたびにどの写真を飾るか迷うんだと、冗談交じりに返事を出した。

次に送られてきた手紙はいつもよりずっと重くて、なんと10枚以上の写真が入っていた。

なんとなく悔しかったので、写真を飾っている壁を目の前にどれだけ悪戦苦闘したかを事細かに手紙に書き、

とりあえずアルバムを10冊買ってきたので、あと1年は送ってくれても大丈夫だと書き添えた。



―――デジカメだと、撮りたい画がうまく撮れないんだよね。

若いくせに、だって?

ハイテク機器はぜんぜん、からっきしなんだよ。ど田舎だからね。

今持ってるカメラも、10年くらい前のものなんだ。

親父から譲り受けたんだけど、もらった時にはいつのものだかわからないフィルムが中に入っていて、

現像してみたら、制服姿の自分がいて大笑いしたんだ。



え、若かりし頃の僕を見てみたい?

今の最高に格好いい僕の写真はまだ見せていないのに、そういうことを言うのかい。

おじさんの姿は見たくないって?  この前と言ってることが違うじゃないか!

それじゃ、僕と年の変わらないおばさんの写真が見てみたいから、ぜひ送ってよ。



繰り返す手紙の中で、彼が自分とほぼ同じ年であることを知った。

特に綺麗でも可愛くもない自分の写真を送るのに、わざわざインスタントカメラを買ってくるのもどうかと思ったので、

携帯電話についているカメラで自分の写真を撮ってもらった。

顔なんか見えっこない、それどころか、そこに人がいるという程度の小ささで。

珍しく相手の携帯電話へ、直接メールで送った。

次の手紙に、「すごく美人さんなんだね、びっくりした」と書かれていて笑った。





気づいたら、一年分の写真が手元に溜まっていた。

壁にはいつも20枚ほどの写真を取り替えながら飾っていたが、その中心にいるのはやはりあの「花嫁」だった。

ところが、まとめて買ったアルバムがそろそろ埋まりそうになるという頃・・・

写真がぱったり届かなくなった。こちらから手紙を出しても、何の反応も来なくなった。



一週間待っても一ヶ月待っても、相変わらず音沙汰はなかった。

わたしのほうも手紙を送り続けていたが、こんなにあっけなく終わるものだとはどうしても思いたくなかった。



もう一度、今まで送られてきた写真をすみからすみまで見返し、特徴のある写真を抜き出した。

最後に、あの写真を壁からはがす。



次の連休にはこの景色を探しに行こうと、心に決めた。






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