= 後編 =



どこか懐かしいような風景が広がっていた。

電車の窓の外をゆったりと流れる景色は、確かにどこかで見たことがあった。

あれはあの写真で見た、あの山はあの時の手紙の景色だ。

そんな思いを繰り返していくうちに、いつのまにか目的地に着いていた。



「・・・あら、あなたは・・・」

それが、突然の来訪を迎え入れた、初対面のわたしに対する家人の第一声だった。

初老の女性は、彼の母親なのだろうか。見知らぬはずのわたしを、何の警戒心もなく家の中に招き入れる。

どれだけ怪しい人間か思われても仕方がなかったのに、なぜ?

・・・答えは、意外なところにあった。通された部屋で、わたしは驚くものを目にした。

個室らしいその部屋の壁には、なぜかわたしが何かを眺めている写真が飾られていた。



・・・白い花畑を目の当たりにして、時を忘れて魅入っていた、あの時の横顔だった。




「ごめんなさいね、予定では今日帰ることになっているんだけど・・・」

母親が恐縮そうに、丁寧に頭を下げる。

彼が一ヶ月もの間音沙汰がないのは、海外に旅行に行っているためだと知ったわたしは安堵のため息をついた。

それならぜんぜんかまわなかった。事故とか、病気とかでなくて本当に良かったと思う。

・・・事前に一言言って欲しいという気持ちもあったが、それはわがままではなく傲慢というべきなのだろう。

会えないのが残念というのも正直な気持ちではあったが、不安が解消されただけでも充分満足だった。



突然のぶしつけな訪問をあらためて詫び、帰りの電車があるからと辞去の言葉を述べる。

昨日この町について一泊し、今日の夜中までに帰るという予定だったのだ。仕事の都合上、これ以上遅らせることはできなかった。

薄暗くなった静かな駅のホームで、帰りの電車を待つ。

どれだけお世辞で飾っても、かなりの田舎としか言いようのないホームだった。通る電車は三時間に一本だという。

これを逃すと、今日は帰れなくなってしまう。

だから早めに駅について、ベンチに腰掛けて周りの風景を少しでも見ていようと思った。

・・・山あいに沈もうとする夕焼けを眺めていたら、左手からシャッターを切る音がした。驚いて振り返る。

「ギリギリセーフ、かな?」

茶目っ気のある、はじめて聞く声が、立派なカメラを持ってホームのすみに立っていた。




電車がつくまでの30分ほどの間、わたしたちは並んで腰掛けていろんな話をした。

ここが無人駅で、自由に出入りできるホームであったことを、心のすみで感謝した。



―――現像してもらってから家に帰ったんだ。そうしたら君が来てたなんて言うから驚いて・・・



そりゃそうでしょう。連絡もなしにいきなり音沙汰なくなったら、普通は心配するよ。



―――悪かった悪かった。

そういえば、家に立ち寄ったら手紙がものすごい量で、自分の部屋に入れなかったんだよ。

帰った後に一日一通ずつ読むから、読み終わるまでは居間のソファで寝るしかないかなぁ・・・



読み終わる頃には、また新しい手紙で部屋が埋まるから、心配しなくていいよ。



―――そうか、それなら読み終わった手紙は天井裏にでも溜めることにするかな。

・・・ダメだな、夜中に天井が落ちてくるかもしれないって、ずっと寝れなくなる・・・




初対面なのが嘘のように、わたしたちは自然な話ができた。

やがて電車の時間が近づくにつれ、二人とも口数が少なくなっていく。

そろそろ遠くに影が見えてくるかも・・・と思い始めたとき、彼が口を開いた。

「あの庭、見た?」

何のことを指すのか、聞くまでもなかった。わたしは愕然とした。

「・・・・・・・・・・・・忘れてた」

母親から彼のいろいろな話を聞いているうちに、どうやらこの小旅行の目的が摩り替わってしまったようだ。

彼は苦笑して、びっくりするほどの写真の束をわたしに差し出した。

今回の旅で撮った写真の全部だというそれを、当たり前のように受けとってしまった。

一枚目から、見たこともない花が、鳥が、景色が写っていた。

「さっきのは、また今度ね」

カメラを人差し指でコンコンと叩く。先ほど撮った、わたしの横顔のことらしい。

「うん、また来るね。美人の写真をもらいに来なきゃ」

彼は笑った。わたしも笑った。




そうしてわたしは電車に乗りこんだ。

帰るまで長い長い時間がかかったとしても、たぶんあっという間に着いてしまうだろうな、と思いながら。





この次は、あの白い花畑を・・・・

あなたの庭を見に。

また会いに来るよ。






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