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【 2 】
「確か、赤ん坊の名前はシドニーだったはずだ。」
翌朝、支度を終え、男女別々の部屋から出てきた3人は、一昨日奇跡的に助かった赤ん坊「シドニー」の母親を捜すため、塔の崩壊現場まで来ていた。
現場では、多くの市民が聖堂騎士団の指揮のもと、瓦礫の撤去をしている。
初めてここに来た一昨日は、暗くてこの公園のすべてを見渡せなかったが、カーズが「相当」という以上にこの公園「野バラ公園」は広かった。
「これは、ロイセンの中央広場よりも広いんじゃないですか?」
「いや、ロアールのブロンティにある闘技場並だろう。」
様々な例えが出来るほど広い公園は、今まで中央にそびえ立っていた塔が消えたことで市民にとっては一層広く空しく見えたに違いない。
旅人をはじめ、道行く人すべてがここを横切る度に足を止め、中には祈りを捧げる人もいた。
「さ、始めようか。」
そうアレックスが切り出すと、早速3人は聞き込みを始めた。
2時間後、市民からある程度シドニーの母親に関する情報を手に入れた3人は、その母親の意外な素性がわかった。
名前はキャンベラ=フェデーリ。この街出身で、2年半前に勃発したシュトゥラルド内乱よりさらに前から傭兵として国内各地を転々としていたが、内乱が終結してからこの街に戻ってきて、老いた両親の世話をするために高級娼婦として生計を立てていた。
近年、両親が病気で他界すると、しばらくして突然仕事を辞め、行き先も告げずにいなくなったが、つい最近この街に戻ってきたという。近所に住む人もシドニーという子供がいることは知らなかったらしい。
どの人の口からも、キャンベラという女性は真面目でしっかりとしたいい人という印象で統一していた。余程評判がいい人だったのか伺い知ることができる。
シドニーの父親は名前こそわからなかったものの、キャンベラが高級娼婦であったことと、近所の人にキャンベラが「ヴァレンの偉いさん」と結ばれて幸せだと言っていた事から、恐らくゼルマン大司教との間に出来た子供なのではないか?と3人は思った。
「とりあえず、宿に戻って軽く食事をとりつつ情報をまとめよう。」
カーズの提案に他の二人も賛成して、宿のレストランにやってきた時、捜していた女性がそこにいた。一昨日に一度見たはずだったが、間近で見るのは初めてだった。
外見からして、少々きつめの性格に見えそうだが、艶やかな黒髪は緩やかなカーブを描いて背中まで伸びており、かつて傭兵をしていたとは思えないほど、きれいな白い肌をしている。少しつり上がった目元も全体に程良いアクセントになっていて、誰が見ても確かに美人だと言える。高級娼婦だった頃も、きっと人気があったに違いない。
彼女は席に座り、一昨日奇跡的に助かった我が子「シドニー」を抱いていた。向かいの席にはこちらと同年代であろうか、軽装の旅姿の、栗色の髪の女性となにやら話をしていた。二人もこちらが店に入ってくるのに気づいたのか、こちらをじっと見ていた。
3人の容姿も旅姿であることに変わりはない。カーズが魔術の杖を持っていたり、アレックスやラピスが腰から剣をさげているところは、いわゆる「冒険者」と何ら変わったところはなかったし、彼らも表向きは冒険者とやっていることも変わりはなかった。
しかし、アレックスだけは他の人から見たら変わっていたかも知れない。なぜなら、肌の色は白いというよりも黄色みがある「東洋人」の肌そのものだったし、髪の色も瞳の色も黒かった。そこら辺がこのラザングリア西方の土着の人間ではないことを表している。
しかし、ラザングリア西方では東洋人といっても、旅をすれば必ず何人かは見ることもあるので、「非常に珍しい存在」と言える程ではない。
アレックスは少なくとも自分が初めて西洋人を見たような感覚なんだろうなという思いが半分あったが、もう半分は、こちらが色々キャンベラのことを聞き込みをしていて、それに気づいたのかという思い…。
3人が席に着いた後も、彼女らはこちらから目を離すことはなく、その目はあからさまにこちらに対し何らかの疑いを持っているような、そんな目つきをしている。
「カーズ、やっぱり食事は少し後になりそうだ。」
アレックスが立ち上がると、二人の女性の座る席へと歩いていった。
「キャンベラ=フェデーリさんですね?」
「ああ、だからなんだい?」
尋ねられるのを逆に待っていたかのような受け答え方だ。目つきも疑いが濃くなったのを物語る、「睨み」へと変わっていく。
「抱いているその赤ん坊、ゼルマン大司教との間にできた子供ですね?」
「!」
キャンベラの表情に焦りのようなものが混じってきていることが、アレックスにも見て取れた。
「ちょっと待った!!」
キャンベラの向かいに座っていた栗色の髪の女性が急に立ち上がった。彼女が急に怒鳴ったので、店の空気は静まりかえってしまった。
「あんたね、いったいどういうつもりだか知らないけど、この子のこと聞き出してどうするつもりよ!?」
「あなたには関係ない。」
視線も向けずにアレックスは切り捨てる。
「関係ないも何も、この子のことを聞き出すことはキャンベラの幸せを踏みにじることになるのよ!」
(確かに、自分の周りで何も起こらないことは、その人にとって幸せなのかも知れない。今はそう思われたとしても…)
栗色の髪の女性は、尻上がりに語気を強めてくる。キャンベラに訊くまでもなく、栗色の髪の女性の言動からして、ほぼ間違いなくシドニーはキャンベラとゼルマンの間に出来た子供だろう。アレックスは確信を強めた。
「あなたに用はない!」
アレックスがきっぱりと答えると、その女性はおもむろに長剣を手に取り、鯉口を切ろうとした。
「…そのつもりなら、表に出ようじゃないか。」
アレックスは栗色の髪の女性の瞳を見て、はっと何かに気が付いた。
彼はカーズ、ラピスとともに出入り口へと向かった。さすがにこの店を滅茶苦茶にしてまでキャンベラに詰め寄る気はなかった。
この間にもキャンベラが逃げてしまうのではないかとも思ったが、彼女も赤ん坊を抱いたまま栗色の髪の女性と表へ出てきた。
宿屋の前はちょっとした広場になっていて、子供達の格好の遊び場にもなっている。そこへやってきたアレックス達は子供達が遊ぶ楽しい雰囲気とは逆に、物々しい空気が流れている。
栗色の髪の女性は、店内で鯉口を切った。剣を握る者なら、国を問わず、その意味は理解しているだろう。それは単なる脅しではなく、実力で屈服させる一種の仕草だ。
「…アレックスさん、まさかここで剣を抜く気じゃないですよね?私は反対ですよ!子供が近くで遊んでるんですから。」
不安で仕方ないラピスの心配をよそに、アレックスは淡々と答える。
「ごめん。ここで退くわけにはいかないんだ。近くの子供達を遠ざけておいてくれないか。」
そう言ったアレックスの表情はいつになく堅かった。
「カーズさん、こんなところで、しかも真剣で戦うなんて絶対駄目だって、やめさせてください!」
「…いや駄目だ。ああなったら俺でも止められん。」
「そんな…!」
ラピスは落ち込みながらも抵抗するが、カーズに諭されて仕方なく近くの子供達を遠ざけに行った。
「悪い。」
「気にするな。」
カーズには、わかっていた。この状況にアレックスの過去にふれるものがある。
でも、それはあえて口には出さなかった。自分の過去の清算は自分でやるべきだと思っているから。そしてその事もアレックス自身がよくわかっているだろうから。
「私はアンナ=シュナイブ。あんたみたいなヤツには絶対負けない。」
「俺はアレックス。こちらもこの場を退くつもりはない。」
向かい合い、名乗りあったアレックスとアンナは同時に剣を抜いた。アンナはまっすぐな広刃の剣を、アレックスはサーベルでもレイピアでもない、やや細身で緩やかな反り身の剣を。
お互い剣を抜くと、息をのむ間も無くアンナが突進してきた。
大きく袈裟懸けに剣を振り下ろす。アレックスは少し距離を取って間合いを図るが、間髪入れずにアンナの剣が水平に薙ぎ払われる。それもアレックスは屈んでかわした。
戦局は見た目、一方的だった。傍目にはアンナが次々と繰り出す斬撃に,アレックスが為す術なく逃げ回っているように見える。その様子をカーズとラピスは固唾をのんで見守っていた。
アレックスは、傍目の心配などしている余裕は確かになかった。アンナの斬撃は意外なほど速く、鋭く、重かったからだ。
一度も剣を受けてはいないが、振り回す剣から出る「剣圧」とでも言うか、そんな威圧感が伴い、それが伝わってきていた。ほぼ全身を軸にし、遠心力を最大限に利用して繰り出す剣は、まともに受けようものなら剣は折れ、手足はおろか、胴まで両断されんばかりの勢いである。
彼には、この相手に手加減できる余裕などないし、彼が全力で勝負する理由は彼女の実力以外にもう一つあった。
一つの「大切なモノ」を守ろうと、怒りをむき出しにして向かってくるあの眼差し…。
アンナが連続の斬撃をやめ、突きの構えを見せた。アレックスも、それに応じて好機とばかりに反撃にでようとする。が、その時、アンナの突きは浅くとどまり、またもや全身を軸にした渾身の一撃をアレックスの脳天に振り下ろした!
ガキッ…ン!!
アンナの一撃はアレックスの眼前で彼の剣の鍔により受け止められた。その刹那、
「負けられないのよ!みんなのためにも!」
アンナが叫んだ。
「!」
…彼女の眼差しは、遠い故郷の国に今もいる女性の姿を彷彿とさせた。彼が今退かずに剣を交わす理由が眼前の彼女の瞳にあった。
>continued to・・・?
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