【1】 茨の塔が崩壊していく様子を丘の上で目撃した3人は、あまりの出来事に茫然としていた。 この二日間、休む間も程々に、強行軍でこのローゼンハイムまでやってきて、唯一の手掛かりがあると信じて、やっとの思いで辿り着いたかと思えば、何と間の悪い。 そのまま3人は、長いこと雪混じりになった初冬の夜風に吹かれていた。 「…はっ、こんなところで惚けてる場合じゃないですよ!」 我に帰った少女が、他の二人の少年に声をかける。 「そうだ、まだ駄目と決まった訳じゃない!行こう!」 ゆるやかな反りの入った剣を杖代わりにして、戦士風の少年が立ち上がる。 「あれだけの大きさの塔が崩れたんだ。最上階にいるお目当ての人間はとっくに死んでると思うがな。」 3人の内、最も軽装の少年は、文句を言いつつ、こちらは文字通りの「杖」を持って二人の後を追った。 ローゼンハイムのシンボルである「茨の塔」は、その名が示す通り茨に囲まれた塔で、その高さたるやシュトゥラルドの建築物では最も高く、もとい最も天に近い場所であった。そしてその最上階に「聖人」と讃えられた少女「ヴィルギニーア」が眠る塔として知られ、同時に3人の探す相手もその塔の最上階にいる。 …そのはずだった。 その茨の塔は3人の目の前で突然、轟音とともに崩壊してしまったのである。 丘を駆けおりた3人が中央広場までやってくると、瓦礫の山と化した塔の成れの果てを見つけたが、そこへ近づくことはできなかった。なぜなら、既に駆けつけていた地元の聖堂騎士団が崩壊の現場を確保し、群がってきた野次馬を近づけまいとしていたからだ。そして、今し方やってきたばかりの3人も今はその野次馬として扱われている。 間もなく、一人の聖堂騎士の口から、落胆の声が漏れると同時に、野次馬の一人が叫んだ。 「ゼルマン大司教様がお亡くなりになられた!」 この百年もの間、ローゼンハイムを見守り続け、希望のシンボルたる聖なる塔が崩壊したことは、敬虔なクライネ教信者のみならず、この街に古くから住んでいる市民の心に色濃く不安の影を落とすに違いない。その上、丁度巡礼で塔の最上階にいた、神聖ヴァレン王国のゼルマン大司教がその崩壊に巻き込まれて死んだとなってはなおさらだ。 「な、やっぱり駄目だったろ。あんなに高い塔が崩れて最上階の人間が生きてる訳なかったんだよ。」 杖を持った少年は、もともと期待などしていなかった様子で、淡々と事の結果を述べている。 「そんな、ここは希望の都と呼ばれてるんですよ。奇跡の一つや二つや三つあったっておかしくありませんよ」 少女は一生懸命に反論するが、現実に目の前で天を仰ぎ大司教の死を嘆く人もいれば、宣教師みたいな人がこれぞ終末の始まりだとわめき散らしていたりしている。その光景は希望を思うよりはむしろ絶望の前触れのような雰囲気であった。それでも奇跡は起こってほしいと、少女は首からさげている太陽を模した小さなホーリーシンボルをぎゅっと握りしめている。 「万事休すか…?」 戦士風の少年が焦りの色を隠せなくなった時、急に歓声が上がった。 歓声の上がった方を見ると、一人の若い聖堂騎士が元気に泣きじゃくる赤ん坊を両手に掲げて叫んでいる。瓦礫の下からまさに奇跡の生還を果たしたと。 「ほらね、ここでは奇跡が起こって当たり前なんです。」 ホーリーシンボルを握りしめたまま、少女が自慢げに言った。 「奇跡とは、お前が言うみたいに簡単に口に出して表せるもんじゃない。」 杖の少年は不機嫌そうに答えるが、それが彼の素の表情だった。しかし、内心驚いていた。まさか、この崩壊で生存者がいたとは。 そして、その赤ん坊の母親なのか、旅姿の金髪の女性がやってきて、わが子との再会を周囲の野次馬達と喜んでいる。 ただ一人、杖の少年だけは納得のいかない表情で、冷静にこの状況を見ていた。 「どうしたんだよカーズ、この状況が奇跡とは認めたくないとか?」 「違う」 カーズと呼ばれた、杖の少年はきっぱりと切り捨てた。 「じゃあ、何だよ。」 「おかしいと思わないか。」 「単刀直入に言ってほしいね。」 「何でこんな時間に赤ん坊が塔のふもとにいるんだよ。俺たちが強行軍でやって来て、もうとっくに夜中だ。しかも、この広場は相当広いし、よちよち歩きもできない赤ん坊がこんな所にどうして一人でやって来れる?アレックスもおかしいと思うだろ?」 「そりゃあ、そうだけど…。」 戦士風の少年アレックスも、うすうす気になっていた様子だった。 残りの少女、ラピスはというと、この場の雰囲気に完全に呑まれて感動にむせび泣いている。 「駄目だこりゃ。」 カーズが呆れた様子でこの場から離れ、アレックスもラピスを呼ぼうと母子の方に目をやったとき、実は今赤ん坊を抱いているのは本当の母親ではないことに気が付いた。なぜなら、もうひとり黒髪の女性が現れて、「シドニー」と呼びながら抱き締めていたからだ。 そして、母親ではなかった女性には、明らかに冒険者と思われる出で立ちをした青年たちが集まっていた。その中にはエルフやドワーフなんかも混じっている。 「冒険者か…。」 感慨深げにアレックスがつぶやいた。 カーズが少し離れたところから「まだ行かないのか」と言わんばかりにこちらを見ている。…気がつけば身体がだるい。そう言えば、昨日からろくに寝ないで歩き詰めだったのだ。 3人は喜びの声のわく中央公園から離れ、宿を取ることにした。 その後、宿を散々探し回ったが、この時間帯に(普通の)宿など開いているところはなく、唯一開いていた宿「バラのつぼみ亭」に入ることにした。 3人は名前が名前なのでどんな宿なのか疑ったが、店内の雰囲気は想像よりも小綺麗で普通に旅人も客として泊まっているのを見てほっとした。 そんなことを思っていたのも束の間、年端もいかない少女たちがわらわらとやって来たかと思えば、声を揃えて「いらっしゃいませ一」と一言、すかさず手荷物を奪い取り、フロントまで誘導された。 フロントまで来させられると、従業員の男性が揉み手しながら待ちかまえていた。 「お泊まりですね。3名様で、こちらの宿帳にご記入下さい。…はい結構です。ところで、お部屋はご一緒でよろしいでしょうか?」 あまりの強引かつ素早い応対に、3人はあっけにとられてしまい、思わず揃って「はい」と答えてしまった。 「…って違う!二人と一人だ!」 「さあさあ、どうぞこちらへ。ごゆっくりお休みください(にやり)。」 従業員の男は、わざと話を聞いていない振りをして、強引に部屋へ案内する。 気が付くと、3人は一つの部屋に押し込まれ、しばらくの間放心状態になっていた。 きっと、宿の従業員は皆、「3人で一部屋とは、まったくあの3人は物好きだな」とでも思っていたのであろうか。ともかく、卑猥な従業員達の思惑とは裏腹に、アレックスは着ていた外套を無造作にはぎ取ると、そのままふらふらと手近な寝台の上へ倒れ込んだ。 放心状態が続いているのか、残る2人も同じように別々の寝台へと近づいていって、それからそのまま布団の中へ潜り込んでしまった。 ラピスが目を覚ましたときは、窓の外では太陽が近くで地平線の美しく赤く染まっていた。 「早起きしたから、神様からご褒美もらったみたい。」 そう言いながら、外の陽の光に見とれている。程なくしてアレックスとカーズも目を覚ました。 「朝焼けだ。」 「今日もいい天気になりそうですね。」 「ああ」 「意外に、長く寝てなかったな。」 しばらく陽の光を見ていたら、ふとアレックスがつぶやく。 「…なんか暗くなってないか?」 「うむ。」 カーズも気が付いたようだ。 「え?そんなことないですよ。これから気持ちのいい一日が始まるんですよ。」 うかれているラピスは全く気が付いていないらしい。 「いや、『一日が終わる』の間違いだろ。」 すかさずカーズが否定した。 確かに陽の光は赤く染まっていたが、その陽は徐々に町並みの向こうの地平線に沈んでいく。 「…陽が沈んでく。…ということは夕焼けだったんですね。」 「正解」 アレックスとカーズが同時に答えた。 ―――先ほど見た夕陽はとうに沈み、3人は「バラのつぼみ亭」に併設されているレストランで食事をとっていた。 彼らが求める「モノ」の唯一の手がかりを掴んでいたとされるゼルマン大司教が塔の崩壊で死んでしまった事は、彼らにとって大きな痛手になっていた。 「アレックス、これからどうする?」 カーズが黙々と食事をしているアレックスにふいに訊く。 「ゼルマン大司教には2人の娘がいたらしいが、もう半年以上前に行方不明になっていると聞いただろ。駄目で元々、そっちを当たるしかないか…。」 アレックスが視線を落としたまま答える。確証がない故、カーズの問いにはっきりと答えた訳ではなく、無理に話をつなげただけにも聞こえる。 「もうそいつらは死んじまったかも知れないのにか?」 カーズが半信半疑に訊き返すが、彼の表情があからさまにまともな答えなど期待していない様子なのはアレックスにもわかっていた。 「または、あの赤ん坊の母親だな。」 再び口を開いたアレックスの目はしっかりとカーズの目を見ていた。 「それしかないな。あの母親、旅姿ではなかったから、確実に地元民だな。」 カーズはアレックスが自分と同じ事を考えていたことに安心して話を続けようとした、その時。 「あのぉ、なにか私の知らないところで話が進んでません?」 ラピスだって当事者のはずなのに、彼女は自分のことを何故か「おまけ」扱いされていないか不安になっていたらしい。 「…お前な、赤ん坊見て感動して泣いてる暇があったらもっと周りを見て状況を分析してだなぁ…!!」 「ええっ!?だってあの状況は感動するところじゃないですか!?」 「!!」 この後、30分ほどカーズがラピスにくどくどと説教をしたことは言うまでもない。 >next menu |