| この事件を境に、青年は何度諦めて帰ろうか、些細なことでくじけることが多くなった。 炎と血にまみれる夢も、何度も見た。 家帰ることは何度かあったが、しかし結局長居はしなかった。数日したらすぐに新しい旅に出た。 ・・・その都度、呪いが解けていないことを知る母が泣くから。 帰るたびに「今度こそは」と期待して喜びの顔で出迎えてくれる。 しかしコリンが何も言わないため、すぐにその影に「やはりだめなのか」という絶望に変わる。 そうして、何事もなかったかのように見送る。 そんなことを繰り返すうち、やがて帰省することに罪悪感を覚え始めた。 ・・・それならいっそ、少し遠い場所へ足を伸ばしてみようか。 そう思い立ち、青年はヴァレンの方へ足を向けた。 この時なぜそちらのほうへ行く気になったのか、後になってもコリンにはその理由がさっぱりわからない。 もしかしたら、心のどこかで、何かにすがりたかったのだろうか。 救いを求める確かな対象がないから、神なんてものに祈りたかったのだろうか。 そんなことを思いついてから、青年は道中「神」についてかなり長いこと考えた。 ―――助けて欲しいから祈ってみる。 それで叶えられるのなら、そもそも信仰なんて必要ないはずではないか。 では、神の奇跡は相手を選ぶのだろうか。 より多く祈ったものの願いのみを叶えるのか? それとも、罪の少ないものの願いを叶えるのか? あるいは、より大きな犠牲を払えばよいのか? ・・・誰よりも罪浅き、祈る時間すら与えられなかった子どもたちは? ―――そうして、記憶はいつもあの夜に返るのだった。 「呪いを解いてもらいたい」 ヴァレンの王都で、試しに神殿に赴き、試しにそんなことを言ってみた。無理な事を知ってて。 「奇跡」などという、「神の気まぐれな力」に対する挑戦半分、嫌味半分で。 ・・・案の定、先方の返事は「否」だった。 これは神があなたに課した試練です、とも言った。 その背後で、誰かがものすごく苦い顔で、下働きの神官が自分に報告する様子を陰から見ていた。 おそらく、この神殿でかなり力のあるものが、「解けない呪い」に対して複雑な感情を抱いていたのだろう。そんな表情だった。 神についていろいろ聞いてみたかった気もするが、その様子に気付いて青年は深く問うことをやめた。 まるで食堂にでも立ち寄って出てきただけのような気軽さで神殿を後にしようとした、その時のことだ。 「・・・もし、戦士どの」 突然呼びとめられた。先ほど自分に結果をもたらした神官ではなかった。 もう少し上位・・・この気配は、先ほど様子を見ていた司祭階級の人か? 「何か?」 自分の毅然とした態度に、相手は少し気圧されたようだった。ほんの少しだけ天を仰ぎ、胸の聖印に手を当てて何やら祈り始めたではないか。 長い祈りであり、呪いを解けない自分への、旅の無事を祈る程度の簡単な言葉の並びではない。 「あ、あの・・・」 「そのままで少しお待ちを」 聖印が光り始めた。何が起こったのかわからず、ましてや立ち去ることもできずにただその光景を見守っていると、司祭が左手を聖印に当てたまま青年の額に右手を伸ばした。 それが触れた瞬間、風が吹きつけたように、頭の中に突然景色が広がった。 景色の中に誰かがいる。 おぼろげな、輪郭くらいしかわからない。はっきりとした目鼻立ちまではわからない・・・しかし、むしろ特筆すべきはその気配だ。 金のような、あるいは透明な太陽の光のような。そんな神々しい魂の持ち主だ。 金髪の女性? 「『この者・・・」 はっとして顔を上げた。脂汗を浮かべながら、とても残念そうに・・・でもほんの少しだけ満足そうに、司祭は言った。 「『炎の鎖を解き、魂を光へと導かん』 ・・・たった今わたくしの問いに、神が仰せになった御言葉です。 わたくし程度の力量ではあなたを救えませぬ。しかし神は確かに、あなたの道しるべに、光を残しておいてくださる。そのことを申し上げかった」 何もしてくれないわけではなかった。その暖かい言葉は、かつて彼を愛してくれていた多くの大人たちを脳裏に蘇らせた。 神に頼って治してもらおうとは思っていなかった・・・はずだった。しかし、それは間違いなく、暗い夜道に灯るかすかな明かりであった。 神は、無条件ですべての人を助けてくれるわけではない。人の目に、それは時に不公平に映る。 しかし、苦しい時にそれは生きる希望であり、辛い時には耐える力を与える。そんな時もあるのだと知った。 「・・・ありがとう」 そう言って、彼は司祭の手を取った。司祭はその地位に見合わず、申し訳なさそうに頭を下げた。その気持ちだけで充分だった。 「これで、僕はあとわずかな時間も逃げずに生きて行けます。 ・・・あるかどうかもわからない可能性を探して十年、半ば諦めておりました。たとえ結果が「死」で終わろうとも、今この自分に何の見返りもなく「希望」を与えてくださった、その事に、深く感謝します」 他人にここまで献身の感情を抱ける。それを醜いとか、下らないとか、蔑む気には到底なれなかった。 神そのものはやはり今まで通り信じる気にはなれないが、このような人は無条件で信頼できると思った。そういう人たちだからこそ、神官という存在が皆にに慕われるのかもしれなかった。 「・・・どうか、あなたの旅に神の加護を」 そう言って、手を放して立ち去る私を、彼はいつまでも見送ってくれていた。
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