コリン プレストーリー

<傷痕>

Written by 藍川 由貴




その日、少年は炎にまかれながらも、悪しき魔術師の巣から救われた。

衰弱しきったその背中に、火傷に似た、一生消えることのない徴を残して。



当時、シュトラルドのとある街で幼い子どもの誘拐事件が多発していた。

街の組織や冒険者たちの協力を得、犯人である闇の魔術師の手からコリンが救出されたのは彼が5歳の時。

全部で7人の子どもが攫われ・・・最後に姿を消したコリン以外、全員が幼い命を失っていた。

魔術師を打ち破った大人たちは、その屋敷内に直径30メートルほどもある大きな魔方陣を発見。

おぞましい召還術を行い、その贄とするために子どもを攫っていたのだと推測された。

あまりにも大きな犠牲であり、事件が解決した後も人々の中で長い間、苦い記憶となって留まった。



ただ一人生き残ったコリンが、幼心に深い傷を負ったことは必然であった。

コリンの両親だけでなく、周囲の人々は皆、その傷が少しでも癒されるよう祈り、子どもを失った大人たちは特に、我が子の分までと少年を愛した。

弱った身体が少しずつ回復するのと平行し、コリンの心もまた潤いを取り戻していった。

そうして、何事もないまま月日が流れた。






コリン14才の誕生日。

「ちょっと話がある」

父親がかしこまって、少年を呼んだ。

「何?父さん」

椅子に座ってそう訊ねるも、なかなか口を開こうとしない。

言わない・・・んじゃなくて、言えない?

そのことをかすかに察した少年は、辛抱強く父の言葉を待った。

・・・ようやく聞こえた言葉は、少年がまったく予期していない内容だった。

「お前の背中にある、その徴のことだ」

「・・・ああ・・・あんまり思い出したくないけど、あの時にできた傷でしょう? 今じゃ別に痛むわけでもないし・・・この傷が、どうかした?」

大きな鏡というものが一般家庭にほとんど存在していないこの世界で、少年は実のところ、背中のその徴をこの目でしっかりと見たことはなかった。

あの時の火傷だと思っていた・・・そう、今までは。

父親が黙ったまま頭を振った。見えない痛みに耐えているかのような表情だったが、きっぱりと顔を上げて、息子に告げた。

「お前は、30才までしか、生きられない」

「・・・え・・・?」

「その徴は、火傷などではない。あの魔術師の呪いの徴だという」

そうして、父親は淡々と・・・少なくとも表面上は冷静を装って、説明をはじめた。

同じように最初は火傷だと思っていた両親だったが、よく見てみたらそうじゃないことに気づき、この街で一番の物知りの、初老の魔術師グロンホルムに相談した。

老人は少年のその徴を見るや否や、血の気を失った顔で、調べるのに何日か時間が欲しいと両親に告げる。

グロンホルムは、遠くにいる知人に・・・彼自身が崇めてすらいる「師」に事の次第を説明し、その徴について細かく伝えた。

そして、その人に尋ねた。 もしやこれは、「古代呪術」の徴なのではないだろうかと。

・・・そして彼は、少年の両親に、最悪の報告をせねばならなかったのだ。

父親はグロンホルムからその話を聞き、当然のことながら救いの道を求めた。

グロンホルムもコリンをとても可愛がっており、また彼自身も魔道を求める者の一人として、この事態を放っておくことは到底できなかった。

さまざまな助言を求めたが、師ですら呪いを解くことができないという。

あの、魔の手の者がなぜそのような呪いをかけたか今となっては確かめる術もないが、その魔法は一度燃えてしまったものが二度と蘇らないのと同じく、解除の効かない、一方通行の危険な呪術であるらしい。

その存在を知る上位の魔術師たちの間では、使用を固く戒められている禁術の一つになっている。



「・・・ようするに」

少年が、静かに言った。

「僕は、長くても、30で必ず死ぬと・・・そういうことなんだね」

父親は微動だにしなかった。テーブルの上の握りこぶしが、かすかに震えていた。

少年は、両親の性格を良くわかっていた。

自分が無償に愛されていることを知っていた・・・命を分け与えて少年が生き長らえるなら、彼らは自らの命をためらわずに差し出すことを理解していた。

そう、愛してくれたのは両親だけではなかった。多くの人に助けられ、生き長らえ、今でも愛されつづけているこの命。

「・・・父さんと母さんと、グロンホルム様のほかに、知っている人はいるの?」

父親が再び頭を振った。そうだろう、自分を愛してくれる素朴で温かい人たちなら、おそらく10年も沈黙を守ることはできやしない。 コリンは静かに考えた。

治したい、という考えはないといえば嘘になるが、あまり強い思いとして沸いてこないのが自分でも不思議だった。

本来だったら、あの日あの場所で絶えていたはずの命である。そう思うと・・・自分と一緒に攫われた子たちに比べると、遥かに幸せな人生だと思う。

何より、彼にはまだ10年以上の時間が残っているのだ。 彼自身で選び、進める時が。

・・・残りの十数年という時間。それを無為に過ごしたくはなかった。

世界を見たいと、小さいころから思っていた。

もしかしたら。 本当にもしかしたら。 その賢者すらも知らぬ、呪いを解く方法がこの世界のどこかにあるかもしれない。

恐れよりも不安よりも、もっと違う何かに突き動かされ、少年は熱っぽく父親に語りかけていた。

「今すぐじゃなくてもいい。・・・世界を巡って、僕は僕にできることを見つけたい。この街で、みんなに恩を返したいというのもあるけど・・・世界を見たいんだ、父さん」

もっともっと先のことだと思っていた。時間は無限に広がっていると思っていた。

でも、時間は待ってはくれないと知った。知ってしまった。

そう思ったら、いてもたってもいられなかったのだ。

父親は驚くように息子の顔を見て・・・ほんの少し、今この瞬間に老けたかのようにため息をついて。 晴れやかに笑った。

「お前の好きな場所へ行きなさい。好きなようにように生きなさい。 そうして、あの子たちが見れなかった分まで、世界を見てきなさい。 お前が満足に生きて行けるなら、私たちが望むことは何もないよ、コリン」



翌日から、コリンは身体を鍛えるようになった。

そのことが呪術に対して果たしてどれだけ影響を与えるのか・・・体力がつくことで呪いに耐えられるとはさすがに思わないが、それでもそうせずにはいられなかった。

グロンホルムからはさまざまな知識を師事してもらう一方、老人は、かつて己が冒険していたころの仲間が使用していた長剣を少年に与えてくれた。

そうして翌年。すべての準備が整ったコリンは、街を離れた。

街から外れたあの屋敷跡の野原に、花束をささげて。







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