Invisible Energy


【第一話 炎の決起】



【 1 】


ロアール王国内でも有数の港町、シエルプール。町の中心部にあるノートル神殿では、今日も多くの信者たちが、平和への祈りを捧げていた。

ドワーフのガリアンは、神殿に仕える神官騎士の一人だった。

この種族は、元来神への信仰心はあまりないものだが、ガリアンに限って言うならばそれはまったく異なる。彼は並の信者以上に信心厚く、その頑ななまでのまっすぐな性格もあって仲間内からは信頼され、よく慕われていた。

神殿仕えの僧侶セイニー=トーン。彼女もまたガリアンと同じ、信仰心持つ23才のうら若き女性である。

ある日の午前。二人は彼らを束ねる、神殿内の司祭の私室の前で出くわした。

それぞれが直々に呼び出されていたので、二人は互いの顔を見合わせて驚いた。他の人がいないところを見ると、呼ばれたのは自分ら二人だけらしい。

ドワーフの戦士と若い僧侶。

組み合わせとしては少々異様な気もするが、詮索は後回しにして二人は司祭の部屋の扉を叩いた。すぐに返事があり、二人は部屋へと招き入れられる。

最高の敬意を持って礼をすると、司祭は二人を席に座らせ、さっそく話を切り出した。

「経験豊かなお二人に、ぜひお願いしたいことがございます」

戦士としてのガリアンの腕が折り紙付きであるのは当然だが、セイニーも365日神殿にこもりきり、というわけではない。修行を積むかたわら、近隣の町村へ旅をすることも多々あった。

二人ともそれぞれの分野ではかなりの腕前であるのだが、今回の“依頼”はあえて熟練者二人をもって取り組みたいという、神殿側の意向が働いているらしかった。

考えられる理由は二つ。一つは素人にはとても手出しできないような、危険を伴う仕事。

もう一つはいろいろな理由から「失敗は許されない」仕事だ。

「この街でもかなりの有力者であるアルマン伯爵様より、当神殿へご依頼がありました」

アルマン伯爵といえば、この街でも片手に数えられる有数貴族。・・・どうも今回の理由は後者のようだ。

二人は詳しい話を、この場では聞かされなかった。「少々困ったことが起きたので、腕の立つ者をぜひ紹介していただきたい」ということらしい。

「かしこまりました。では早速伯爵邸へ赴き、話を伺ってまいります」

「できるだけ伯爵様のご意志に沿って差し上げるよう、お願いしましたよ」

二人は丁重に頭を下げ、部屋を後にした。




流れの傭兵マーフィー=マクミランは、つい今しがたこの街へ着いたばかりだった。30代半ばの、髭を生やした立派な体格の傭兵である。

まずは酒場(兼宿屋)に向かってみたものの、道中で見渡した町並みは平和そのもの。仕事を求めてきたのだが、これではたとえ依頼があったとしても、手間賃ばかりがかさむ安い仕事しかないに違いない。

2・3日で特になにも見つからなければ、さっさと別の町に行くか・・・あるいは船か。酒場の片隅で安酒を傾けながらいろいろ思い巡らしていると、店の扉が開いて一人の男性が入ってきた。細面の、優男風の青年だ。

彼の名前はジョニー。無類の女好き、そして目立ちたがり屋だ。

実はこの青年、幻を操る術師であるのだがそのことを表沙汰にはせず、術を利用した手品などで生計を立てて、気楽な一人旅を楽しんでいた。趣味なのか、着ている衣類は少々風変わりな色合いのもので、酒場に入るや否や客たちの視線を一身に集めている。

マーフィーも、ジョニーの姿を遠巻きに眺めている一人だった。さして興味もないが、しいて感想を述べるとしたら「変なヤツだな」ぐらいとしか言いようがない。

そんなことを考えて、また酒に手を伸ばしかけた矢先のこと。 外からいくつかの大きな音が店の中にも聞こえてきた。

馬車を全力で走らせるけたたましい音、通行人であろう悲鳴の数々、そして驚きと恐怖が半々の叫び声

「・・・・なんだあれは!?」

ジョニーもマーフィーも、それぞれ店の外へ飛び出した。

そこで二人が見たものは、貴族とおぼしき立派な作りの馬車が横倒しになっている様子。二頭立ての馬車の、馬の片割れに絡みつく異形のもの。

視線を転ずればもう一匹いた異形のもの。それに武器一つ持たず立ち向かう少年と、お情け程度の剣を構える、同年代の華奢な少年。そしてかけつけてきたと思われる、屈強なドワーフと女性僧侶の姿であった。




これより少し、時間は遡る。

梁彰(リョウ=ショウ)は17才の少年。拳法の腕を磨きつつ、東方より一人で旅を続けている。

久しぶりに見つけた大きな町で、無邪気な喜びを覚えつつ入ろうとすると、背後からものすごい勢いで馬車の駆けてくるのが遠目に見えた。前方に誰がいようがおかまいなしで、火がついたように走っている。

通行人らはあわてて道を外れているが、それすらも見えていないような無謀な走りっぷりだ。

見る間に梁彰の近くまで迫ってきたので彼もあわてて脇へそれると、馬車はそれを当然のように無視して去って行こうとした。忌々しい思いで眺めながら「まったく危ないな」と口に出そうと思ったとき。

・・・梁彰にはようやく、その異常の理由が理解できた。

馬車と同じスピード・・・いや、それよりもわずかに速い?

見たこともない異形の生き物が、彼の目の前を通りすぎた。馬車を追い駆けているのだとすぐわかった。ニ匹いるその生き物は、通行人達にはまったく目もくれずに、ただひたすら馬車へと肉薄する。

それは、外見はどう見てもヘビに見えた。だが、ただのヘビではない。その異形のものは、体長5メートルはゆうにあろうかという大蛇だったのだ。

梁彰の頭に警告が鳴り響く。この辺りは、こんな街中に魔物が現れるのか!?

周囲の見物人たちから悲鳴が上がった。ヘビが馬車を捕らえたのだ。

尾の一撃で、後輪の片方が粉々に砕かれ、馬車が横倒しになる。魔物の片割れがいななく馬へと飛びつき、巻き付いて胴体を締め上げると、骨が折れてゆく異様な音が響き渡り、観衆の新たな悲鳴を呼んだ。

梁彰は駆け出した。とても見捨て置けるものではなかった。

車輪に攻撃を加えていた一匹にみるみる迫り、有無を言わさず全力で拳を打ちこむ。確かな手応えがあり、大蛇は爛々と目を光らせて梁彰を振り返った。

梁彰が身構えてさらなる攻撃を加えようとした時、横合いから声がかかった。

「危ないですから下がっていてください!」

思わず振り向くと、剣を構えた、梁彰と同じ年頃の少年が駆け寄ってきた。

「アルマン様はどうか中にいらしてください」

この者どうやら馬車の中にいる要人の護衛らしいが、それにしては格好が今一つ妙だった。手には剣を持ってはいるものの、防具の類はいっさい身に着けていない。衣類すらもぼろきれと言われかねない、あまりにもお粗末な代物。

奴隷を、護衛に? 

梁彰の頭をそんな考えがよぎったが、すべては魔物を片付けてからだ。そう思って敵へと向き直った。

騒ぎを聞きつけたガリアンとセイニーが、神殿からこの場へ駆けつけたのは、ちょうどこの時だった。

見れば魔物に立ち向かっているのは、まだあどけないような少年二人で驚いた。しかも一人は素手だ。ガリアンとセイニーはすぐさま戦闘へ介入した。

「ガリアンさんは魔物を。私は馬車の中にいる方を保護します!」

「おう!」

小柄なドワーフには少し大きく見える弓を構え、弦を絞る。矢は驚くべき正確さで、馬に食らいついていた大蛇に命中した。大蛇がガリアンを憎々しげに認めた隙に、セイニーが回りこんで馬車へ接近する。

「ノートル神殿から参った者です。ご無事でいらっしゃいますか?」

中から無事だとの返事が返ってくる。セイニーはとりあえず安堵のため息をついた。




マーフィーは野次馬たちの群れを抜け出し、一度は酒場に戻ったものの、先ほどの異形の姿が気になってしかたがない。そこで店の主人に訊ねてみた。

ああいった魔物の類は、このへんでは当たり前の光景なのかと。

カウンターに戻った主人もその姿を見たのだろう、心なしか顔が青ざめている。傭兵の問いかけに、冗談じゃないという感じで首をぶんぶんと振った。

「とんでもない! この街の近辺に魔物が出たって噂、ないとは言いきれないが、街の中に入ってくるなんてとてもとても聞いたことねぇや」

どうやらこの街の住人にとっても、今回のことは大事件らしい。マーフィーは鋭く思考を巡らせた。

「ふむ。ならば、そうだな・・・ご主人、オレを雇わないか?」

「は?」

「あの化け物を退治したら、いくらになるかなってことさ」

主人は一瞬迷いの表情を見せたが、何かを思い出してマーフィーにこう言った。

「それなら、あの馬車・・・あの作りは、たぶんアルマン伯じゃないかと・・・助けたなら、私が褒賞なんて出さなくても、向こうでそれなりの礼をしてくれるんじゃないかい?」

それを聞いて、マーフィーは満足げに頷いて立ちあがった。

「ならば、せいぜい高く買ってもらうとしよう」




ジョニーは一人困り果てていた。こんなのはおかしい、予定とずいぶん違うじゃないか・・・。

彼も周りの野次馬と並んで、この騒ぎを遠巻きに眺めていた。見たこともない魔物だからそれはそれで興味をそそるのだが、見た目から強そうな感じがして、無償で戦うとなるとどうにも命が惜しい。

しかし、これだけの見物人。うまく立ちまわれば、あっというまに街の英雄だ。それにあれほど豪華な馬車となると、助けた相手からの礼金もたっぷり期待できよう。

そこで彼は、何人か駆けつけてきた冒険者らしい若い連中の戦いぶりを見極め、もっともピンチな、もっとも出番にふさわしいタイミングを見計らっていたのだが・・・

予想よりも、彼らは遥かに強かったのだ。

逡巡しているうちに、見るからに実戦経験豊富そうな傭兵までも加勢し、あっという間に魔物たちは追いつめられてゆく。

ジョニーは動いた。とにかく戦いに参加せねば、という意識が強く働いた。

その場で、一続きの呪文を唱える。拳法使いの少年に噛みつこうとしていた、ヘビにだけ見える幻の戦士が浮かび上がった。

(これで敵は惑わされる。ヘビが幻を攻撃する時、彼らは遠くで偉大な魔術師が援護していることに気付くに違いない)

得意気に、ジョニーは戦闘の場へ足を踏み入れようとした。

確かに魔物は幻に惑わされた。だがその幻を振り向くヒマすら与えられず、背後から切りかかった傭兵に一刀両断にされてしまったのである。

役目を果たした幻も消え去った。まるで夢のように・・・

戦士たちは「何事もなく、無事に敵を倒した」ということで、全員が一丸となって残りの一匹に挑みかかる。目に見えない魔法を感知するには、あまりにも場が荒れすぎていた。

これはまずい。ますます出番がない。

なんの呪文を唱えようか焦って考えたが、その隙にセイニーの補助で威力を増したガリアンの弓が一閃!光の軌跡を描いた矢は、もう一匹の魔物の頭を深々と射抜いていた。





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