【 4 】



見慣れた大地が遠ざかり、大きなため息を吐いたアレグリアはあらためて手に握 り締めた小箱を見直した。

何度見ても見事な細工だった。蓋には銀で作られた羽ばたく鳥のレリーフ、側面には光に当てると蒼とも翠とも言えぬ不思議な輝きを放つ石が散りばめられていて、いっそう美しい。底には、ディアノフ自身の作であることを示す紋章が印されている。

蓋を開ければ、小さい部品が無数に組み合わされたカラクリが納められていた。そして側面から飛び出している、先ほどディアノフに操作するよう言われたつまみのようなもの。これで中のカラクリを動かすのだろうか。アレグリアは息を止めて、それをゆっくりゆっくり回してみた。

〜♪〜・・・〜♪♪〜〜〜

「・・・!」

金属音に近い、初めて聞く澄んだ音色が彼女の周りに響いた。

驚きのあまり手が止まる。合わせて音も止まる。

(この音・・・今のって、まさか)

この小さな箱から音がいきなり飛び出したことにも関心したが、それ以上に驚いたのは、ほんの一瞬聞こえたそのメロディー。テンポはやや違うが、そのフレーズは確か三人が昔に、何度も口ずさんだことがあったはずだ。

「・・・のは・・・・・・・僕らの・・・・・・・だから・・・・」

とっさに閃いた詩を、小さな声で歌ってみる。・・・まだ覚えている。もう十年も昔の話なのに。

そして、もう一度手のひらに包んだそれを動かした。ねじが回り、金属同士が共鳴して、透明な音が無数に紡ぎ出される。音と音が響きあって、一つの曲を形作る。・・・止まっていた時が動き出すように、流れてくるメロディーは口ずさんだ唄と同じ旋律を刻んだ。

メロディーはすべての壁を飛び越えて、アレグリアの心に真っ直ぐ飛び込んできた。

明るいけど騒がしくない、軽い調子だけれど温かい。・・・昔三人で歌えば、高音から低音まで見事に混ざり合うコーラスとなった。歌ってるときは、本当に暖かい何かに包まれているような思いをしたものだった。

音が心に染みこんだその場所から、こらえきれない嗚咽がこみ上げてくる。それでも指先は涙を拭おうとはせず、彼女に魔法をかけたその小箱を操るのをやめようとしない。

(ディーも覚えてたんだ・・・)

それは、三人が共通して一番好きな唄だった。子どもでも歌える簡単なものだったが、鳥も虫も、すべての生きとし生けるものがこの空と大地に囲まれ、風の中で太陽を浴びて生きている、そんな内容の唄だった。

今考えたら実に不思議なことだが、この唄はカインのいるエルフの里にもディアノフのいるドワーフの村にも伝わっていた。どこか相手と違う存在であることにコンプレックスを抱えていた三人がこの唄を好んだのは、ある意味で自然の成り行きだったのかもしれない。

三人が集う機会がなくなった頃から、この唄のことを思い出すことはほとんどなくなった。それでも、ほんのささいなきっかけがあれば、こうまで鮮やかに蘇るほどの思い出を持った、大切な大切な唄だった。

アレグリアだけでなく、ディアノフも同じ思いだったのだ。彼女が絶対に覚えていることを確信して、この曲を選んだことは間違いなかった。

二人がここまで大切に記憶している曲である。カインも覚えていないわけがなかった。

・・・飽きることなく、その小箱から流れる音に身をゆだねる。潮の薫りが満ちるこの場所で、目を閉じて旋律を追いかければ、たちまち記憶が三人が山を駆け巡ったあの頃へ・・・あの森へと心が還ってゆくのがわかった。



エルフとしても、人間としても生きられない。

彼らが故郷とする里に、私の居場所はない。

・・・でも、あの森になら帰ってもいいと思える日が、いつか来るのかもしれない。



アレグリアはこの時初めて未来の時間に思いを馳せた。

最後の涙を風に流して、船の向かう方を見つめる。



  ―――精霊たちよ。どうか私に届けて。

  いつの日にも、風に乗せて。

  森の匂いと、あの人たちの息吹を。

  山の向こうから射してくる光と、懐かしい日々の記憶を。



  精霊たちよ。どうかあの人たちに伝えて。

  私の足音と、二人の夢を後押しする思いを。

  笑いあった日々と、幸せへの願いを。

  伝えきれぬ感謝と、永遠に友であることの誓いを―――
 





・・・目指す大陸はもう、そこまで迫っていた。













>continued to・・・?






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