ジューディス 〜螺旋〜
1
「ジュディ、シグマ! やったね、今日も大盛況じゃん♪」
そう言って駆け寄ってくる五つ違いの妹みたいな少女に、呼ばれた一人は暖かな瞳を、いま一人は自信たっぷりな目を向けた。
「そりゃそうよ。オレさまのこの身のこなし! 危険だけど魅惑的。盛況で当然」
「ひたすら女の子ばっかりに応えて・・・そんなんじゃ商売あがったりになるよ」
「オレの愛想は高いの。別料金、かわいい女の子限定」
ファンの女の子達からは連日、花やら差し入れやら、シグマあてにわんさかと贈り物が届く。 それを別料金と呼ぶかどうかは甚だ疑問ではあるが、当然ながら一座の売上にはならない。(手作りの料理なんかも分けてくれないし)
「そんなわけで、オヤジたちの相手はジュディにまかせた。向こうだってさ、オレみたいなイイ男よりも、ジュディの胸なりなんなり触らせたほうが、簡単に値段跳ね上がるぜ」
こーんな感じで、とシグマは手で揉むような仕草までしてみせる。
「なにが「こーんな感じで」だ! 自分で「いい男」言うな! あたしの身体は売り物じゃないよ! しかも売上はみんなの分け前じゃないか!!」
一気にまくしたてた金切り声にも、男はまるで気にした様子がない。
「仕事仕事♪」
そんなことは百も承知だ。だから「オヤジの相手は嫌だ」とだけは我慢して言わなかった。それを・・・
「・・・きさま・・・」
はっと気づいた様子で(これもかなりわざとらしいのだが)シグマが逃げ出す。 その後ろを「いいかげんにしろー!」という叫び声が追いかけた。 その脇で「またやってる・・・」と少女、プリマが笑っている。
芸人一座「渡り鳥」のメンバーは全員で9人。 座長のピアザとその妻テュリス、一座の兄貴分ルイード、ルイードを追っかけて一座に入ったリザ、大男で無口なくせに得意なのは手品というリナルド、相棒と組むとたちまちその舞台の花形となるライアスと相方の狼ウル、自他が認める(約1名除く)美男子シグマ、スリをしようとした相手がよりによってリナルドだったために一座に見つかり、そのまま居座ってしまった少女プリマ。そして、ジューディスである。
街から街へと渡り歩き、ナイフ投げから手品まで様々な芸で一座を運営している。が、彼らの仕事はそれだけではない。彼らが行う舞台は、芸を観てもらうのと・・・大金の動く、もう一つの舞台が同時進行しているのである。
プリマは、ビラをお客さんに配る係だ。
渡り鳥のメンバーや、本日の出し物などを面白おかしく紹介している。
少女はちょっと高い位置に設けられている席の人にもビラを配っているが、今度はなぜか手に持っている束の下から取りだしていた。 他の人からは同じようにビラを配っているようにしか見えないだろうが、配るほうと配られるほうにとっては、これが最も重要なことだった。
本来ならこのような場所に来るような身分ではないのだろう。身なりをあえて地味にまとめてはいるが、持ち物や衣裳の質をよく観察すると、下の席の人々とは桁違いに裕福な人物であることがわかる。
ビラをもらった中年の男性客は、ビラと舞台を交互に、食い入るように見つめている。 それもジューディスのほうばかりだ。そして、隣に控えている従者であろうか、しきりとなにかを言いつけている。
ジューディスは、先程シグマに「オヤジたちの相手」と言われたことを思いだし、視線を一身に集めていることに舌打ちしたくなりながらも、華麗に踊っては舞台を跳ね回り、時には観客席まで飛びこんで行った。
その瞬間だけはどんな打算も計算もなく、高揚感というか、優越感というか。何ともいえない、寒気にも似た興奮が、全身を駆け抜ける。
やがてその日の出し物が終了し、全員で手をつないで客に一礼する。 拍手はいつまでも鳴り止まなかった。
「・・・今日の落札価格は150gp。う〜ん・・・予定より50も少ない・・・」
メンバーの母であり会計も預かるテュリスは、袋に入った金貨を数えては「次の街までの保存食に8人分10日間だから・・・」などと計算している。
「まあ、今日の指輪は特に魔法の品というわけでもなかったしな・・・この街でもう一仕事するか? 客からのリクエストは多いんだが」
ルイードがテュリスの肩ごしにそう言ってみたが、
「だめ。同じ街で一年は最低でも「仕事」はしない。それがルールよ」
「・・・次の街まで倹約か。少しはマシな商品仕入れないとな」
「そうだね。次の商品は高く売れるといいさね。さて、今日の晩ゴハンはなんだい?」
テュリスはそう言って、金貨の入った袋の口を硬く閉じた。
盗品のオークション・・・それがもう一つの「舞台」だ。
ある街で仕入れた「品物」を、別の街で舞台を通じて売りにかける。売るほうも買うほうも最初っから「盗品」と知った上でのやりとりなわけだから、オークション自体はごく秘密裏に行われる。
しかしどこの世界にも、宝物を欲しがる金持ちはいるわけで・・・彼らがターゲットとしてるのはそういった人たちだった。売るときに限らず、盗むときも、である。
「あの人たちはね、本当に大事にしてるものはぜったい目から放さないか、いっそ身につけてるよ。そうじゃない、倉庫に眠ってるようなものが一つ二つなくなったところで、わかりゃしないさ」
というありがたいお言葉のもと、ジューディスたちはその「眠っているお宝」の中から特に価値のありそうなものを見つけ出してさばいているわけである。
しかし、そういった行動は当然目立ってはいけないために、オークションに出せる品物は必ず1回に一つ、そして同じ街で連続で仕事をしない、余計なものを盗み出さない・・・これが彼らの掟だった。
「最近、リナルドいい仕事してるね〜」
「そうそう、この間見つけてきたやつ。・・・エルセリーナの遺跡ってあるだろ。昔、あそこが神殿だった頃に使われていた杖らしい、本物だったらな」
全員が食事の手を止める。ピアザが驚きの表情を隠せないまま代表して尋ねた。
「ルイード、それ本当か?」
「たぶん。どこの街の図書館にもあるだろ? 遺跡と発掘された文化財の本。あれに絵が載ってたけど、見た限りでは同じもんだ」
誰もがため息で声も出ない。リザが興奮を押さえすぎて、かえって小声になっている。
「もし本物だったらよ、発掘されたあとに行方不明になった?」
「もしくは、持ち出されたか、だな」
となると、気になるのは今までそれを所持していた人物だ。
他の品に埋もれていて、なぜか目に付いた、とリナルドは言った。
その屋敷はどちらかというと、あまり趣味の良い住まいではなかった、とも言った。
「ふーん、いずれにしてもキナ臭い奴なんだね」
ジューディスが身も蓋もないことを言う。口数の極端に少ないリナルドが「趣味の悪い」というのだから、それは「かなり悪い」と解釈していいからだ。
「それをどこでさばくかは、私とルイードで相談して、あとで皆に知らせるとしよう」
ピアザのその言葉で、話は締めくくられた。
なおその杖は後日、400gpの高値がつくことになる。