アレキス・クラヴィーア 〜プロローグ小説〜
「聖歌〜ルシエンタ〜」
「神の子にして聖なる我が国の剣である汝、アレキス・クラヴィーアよ・・・・たる任を命じる」
たっぷりとした髭を湛えた男が、足下に跪いた鎧の青年に厳かに告げる。 青年は頭を垂れた。
「・・・勅命、つつしんでお受けいたします。すべては神の器たる、陛下の御心のままに」
甲冑の下に隠された顔は、暗い静寂に彩られていた。
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部屋の扉が大きく開け放たれた。蹴破られそうな勢いだった。
「アレス、また出かけるっていうの!? あんた働きすぎよ。その年で過労で倒れたらどうすんのよ!」
「リフィ・・・、そう立て続けに大きな声を出すな。母さんに聞こえちまう」
部屋に飛びこむや否や盛大な文句を吐き出した少女に、青年・・・アレキスは、旅支度をしながら振り返りもせずにそうぼやいた。 相手がそのまま立ち去らないことに息苦しさを覚え、抑揚のない声で訊ねる。
「どうしてわかった?」
自分がまた“仕事”に出ることが。
「・・・見えたからよ」
どう答えたら良いか迷ってから、少女・・・リフィーナは後ろ手に扉を閉めながら、先ほどとは人が変わったように低い声で答えた。
アレキスの手の動きが止まった。 振り返りこそしなかったが、彼女の声に耳を傾けていた。
「おばさまに『お城にいってる』ってことだけ聞いて・・・お城帰りのあんたを見かけたのはホントにたまたまよ。 この辺には誰もいないだろうから、って思ってたんでしょ。でも・・・あんな、あからさまに暗い顔されたんじゃ、イヤでもわかるじゃない」
説明していてその時の様子を思い出したのか、少女が再び勢いづいた。
「・・・そうよ。なんで他の皆が平気なのか・・・平気なふりができるのか。そんなことあたしは知らない。知ったことじゃない。でも、あんたが嫌がってるって・・・苦しんでるって、それならわかる。 おばさまが言えないならあたしが言ってやるわ。行くなって!」
「やめろ!」
ガシャン、と重たい金属の音が部屋にこだました。青年が手にしていた剣を投げつけた音だった。 気の強い少女が、びくっと身を震わせる。
「それ以上言うな」
「・・・いやよ」
「黙れと言っている」
「絶対イヤ。あたしはあんたに命令される理由なんかないわ」
「・・・」
ようやく振り返って、突き刺すような視線で少女を見た。 自分は床に腰を下ろして少女は入り口で立ったままだから、 自然と見上げる格好になる。
他の人間なら、それでも青年の目線に気圧されていたことだろう。 しかし少女は真っ向から見返しながら、決して怯まなかった。 その瞳に浮かぶものは“必死”という言葉かもしれなかった。
しばらく睨み合ったあと、おもむろに青年が口を開いた。今までと同じように暗い声だったが、その調子は明かに、弱い。
「仕方がない」
今度はリフィーナが睨む番だった。それで終わらせるか、と非難に満ちた目だ。
「この道に足を踏み入れたら、これで生きていくしかないんだ」
声を聞けば誰にでもわかる、明らかな、ただの言い訳にすぎない。 しかしこの国ではそれだけのことが“絶対”なのだ。
父さんもそうだったから・・・投げつけた剣を眺めて、少女にも聞こえないくらいの声でそう弱々しく付け加えた。すべてを諦めきった、生きながらにして幽鬼のような深緑の瞳。
「そしてまた人を殺すの? その剣で?」
「国の、ためだ」
少女の問いは、心臓に杭を打たれるように青年の心をえぐる。 かろうじて残っている・・・心の奥に眠る、幸せの夢を引きずり出す。
「僕らのためなんだ、リフィ」
そう告げた本人も、そんなことを信じたことはない。 今までただの一度も。 しかし・・・
そのあまりの矛盾に、あまりの皮肉に・・・圧倒的な現実に、青年は今にも泣き出しそうな表情で笑った。