コリン・アナザーストーリー (3話直前)

<旅の途中>

Written by 藍川 由貴





・・・白い霧に包まれていても、赤い血に染められていても。

月の昇る晴れた夜が抱くのは、世界の脅威とは裏腹に、ただ穏やかな静寂のみ。

閉じ込められた暗闇とは違う、不思議な世界がそこにある。



コリンは部屋の窓枠に半分身体を預ける体勢で、郊外の景色を眺めていた。

刻はすでに夜半を過ぎ、イルードの寝息やナトの可愛らしい寝言が時折聞こえてくる。

なぜこんな夜更けに目を覚ましたのか、彼自身にもよくわからない。

妙な気配でも感じたのだろうか?

目を覚ました寝床で一瞬そう考えたが、特にそうでもなさそうなので、昨日までの戦いの余韻が身体に残って、どこか興奮気味だったのかもしれない。

そんなことを考えているうちに、何だか身体が少し火照っているような気がしたので、彼は上半身に何も纏わないまま、夜風を浴びるつもりで窓際に腰掛けてぼんやりしてたのだった。



旅に出てから、もう、ずいぶん長い。

(・・・そういえば今年はもう、時間切れになるんだったな・・・)

そのことを思い出すのも久しい気がする。

今の仲間と出会ってからは、イルードの村のことや、ティーナの聖印のことや、女王の病気のことや、復活する魔王のことや・・・とにかく、考える事柄があまりにも多すぎるのだ。

こんな風に穏やかな心の時間では、彼の背負う苦しみも、眠っているかのようになりを潜めている。

日ごろ「それ」を周囲に隠していることを忘れ、冷たい心地よい風を浴びながら、とりとめもない様々なことを思い出していた。

考えたり思いつめたりしているのではない。多くの想いは空に瞬く星のごとく散らばっていて、ただ無造作に流れている。

「・・お・・・さん・・・」

不意にナトの寝言が聞こえた。夢の世界に、少年の遭いたい人がいるらしかった。

できることなら、この仲間たちが揃っているうちに少年の望む相手を探し出せるか、せめて手がかりだけでも見つけられれば良いと願う。

願い事といえば、ルーザの村は復興できるのだろうか。もし蘇るのならば、イルードはまたあの村に帰りたいのだろう。

世情が落ちつきさえすれば、イルードほどの信念の持ち主ならば、たとえ長い年月がかかろうとも彼自身の手で復興させることは、決して不可能ではあるまい。


―――不可能を可能に・・・か。


彼自身、もともとはそれを望んで旅に出たはずだった。

時間が近くなればなるにつれて焦るのかと思いきや、なぜか全然そんなことは気にならないのが自分でも不思議だった。

それよりもこの仲間たちと一緒にいることが・・・誰かを助けるとか、世界を救うとか、そんな大義名分ではない。ただみんなと共に在ることのほうが、いつのまにかより大事になってしまったらしい。

ひと癖もふた癖もある顔ぶれだが、数ヶ月にも渡る旅を経て・・・最後の時を目前にして、コリンはようやく心が満たされる何かを見つけられた、そんな気がしていた。

呪い解くこと叶わず、このまま命が尽きることになれば、彼らとの絆も絶える。それはもちろんひどく悲しいことだが、いつか幼い頃に考えたのと同じように、今ここで彼らと共にあることの幸せに比べれば、なんと贅沢な悩みだろうと思う。

あの日あの酒場でセラの横顔を見つけ、イーガーらと再会し、彼らは再び同じ時を刻み始めた。

あの時のセラの驚いた顔を・・・今考えれば、割と無表情なセラの中でも珍しい一面だったと思う・・・思い出して、つい笑みをもらす。

セラもティーナも、この旅で随分と変わった気がする。

ティーナはみんなから勇気が与えられてるとはっきり態度に出ているし、セラもほんのわずかだが物腰が柔らかくなった・・・のは気のせいだろうか?

二人のことを思い浮かべて、脳裏に二人の鮮やかな金髪が広がった。そして次に考えたのはかつて彼が告げられた予言のことだった。

「金の髪の少女」

こうも身の回りに該当者が続々出てきてしまうと、さすがにどれが本物か?と問い詰めるのも意味がない気がする。

予言の少女でなくともティーナもセラも大事な仲間で、それで充分だった。



コリンは不意に息を止めた。

(仲間・・・なんだろうか)

目線を下げ、考えこむ格好になる。

吹きつける風が剥き出しの背中に触れ、いつのまにか冷えていた肩を震わせる。



思い出したのは、酔いつぶれて宿まで運んだ、あの日の彼女。



彼女も重い十字架を背負っていたことを、仲間たちは先日、彼女のかつての仲間と戦って知るところになった。


かつて命を落とし、名前を捨てた彼女。

これから確実に命を落としていく自分。

対照的で、どこか同じ匂いを持つ魂の自分たち。



これまでの彼女の苦しみがどれほどのものか、仲間である自分たちにもその真実は決してわからないが、なんとなく彼女も自分に対して「同じ痛みを、似たような苦しみを持っている」 ことを肌で感じているんじゃないか?そう思える瞬間がある。

お互いが相手に対して抱いている、この微妙な感情は、果たしてなんと呼べばいいのだろう?

隣の窓に視線を移した。風通しのためかほんのわずかに開いた窓の奥に、彼らにとっての大切な二人の女性が眠っている。

みんなはどう思っているのだろう。

ティーナを守らなければ。それは全員が迷わず一致していることだ(特にナトは)。もちろんコリンもだ。

だが。



・・・中の見えない窓を静かに見つめる。



―――いつまでも口には出せないけど。

僕はたぶん、きっと・・・―――







パタン

窓の閉められる音が響いて、部屋には再び静寂が戻った。

ゴソゴソと毛布を被り、青年は眠りに落ちていく。



・・・月明かりに照らされていた、背中に広がる黒い徴を、そっと見ている者がいたことに青年はついに気付かなかった。

コリンが再び寝息を立てるまで、イーガーはただ口を閉ざしていた。

そしてその眠りに安堵したかのように、彼もまた、朝までのわずかな時間に身を委ねたのだった・・・






―――本編第3話へ続く






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