・・・白い霧に包まれていても、赤い血に染められていても。 月の昇る晴れた夜が抱くのは、世界の脅威とは裏腹に、ただ穏やかな静寂のみ。 閉じ込められた暗闇とは違う、不思議な世界がそこにある。 コリンは部屋の窓枠に半分身体を預ける体勢で、郊外の景色を眺めていた。 刻はすでに夜半を過ぎ、イルードの寝息やナトの可愛らしい寝言が時折聞こえてくる。 なぜこんな夜更けに目を覚ましたのか、彼自身にもよくわからない。 妙な気配でも感じたのだろうか? 目を覚ました寝床で一瞬そう考えたが、特にそうでもなさそうなので、昨日までの戦いの余韻が身体に残って、どこか興奮気味だったのかもしれない。 そんなことを考えているうちに、何だか身体が少し火照っているような気がしたので、彼は上半身に何も纏わないまま、夜風を浴びるつもりで窓際に腰掛けてぼんやりしてたのだった。 旅に出てから、もう、ずいぶん長い。 (・・・そういえば今年はもう、時間切れになるんだったな・・・) そのことを思い出すのも久しい気がする。 今の仲間と出会ってからは、イルードの村のことや、ティーナの聖印のことや、女王の病気のことや、復活する魔王のことや・・・とにかく、考える事柄があまりにも多すぎるのだ。 こんな風に穏やかな心の時間では、彼の背負う苦しみも、眠っているかのようになりを潜めている。 日ごろ「それ」を周囲に隠していることを忘れ、冷たい心地よい風を浴びながら、とりとめもない様々なことを思い出していた。 考えたり思いつめたりしているのではない。多くの想いは空に瞬く星のごとく散らばっていて、ただ無造作に流れている。 「・・お・・・さん・・・」 不意にナトの寝言が聞こえた。夢の世界に、少年の遭いたい人がいるらしかった。 できることなら、この仲間たちが揃っているうちに少年の望む相手を探し出せるか、せめて手がかりだけでも見つけられれば良いと願う。 願い事といえば、ルーザの村は復興できるのだろうか。もし蘇るのならば、イルードはまたあの村に帰りたいのだろう。 世情が落ちつきさえすれば、イルードほどの信念の持ち主ならば、たとえ長い年月がかかろうとも彼自身の手で復興させることは、決して不可能ではあるまい。 ―――不可能を可能に・・・か。 彼自身、もともとはそれを望んで旅に出たはずだった。 時間が近くなればなるにつれて焦るのかと思いきや、なぜか全然そんなことは気にならないのが自分でも不思議だった。 それよりもこの仲間たちと一緒にいることが・・・誰かを助けるとか、世界を救うとか、そんな大義名分ではない。ただみんなと共に在ることのほうが、いつのまにかより大事になってしまったらしい。 ひと癖もふた癖もある顔ぶれだが、数ヶ月にも渡る旅を経て・・・最後の時を目前にして、コリンはようやく心が満たされる何かを見つけられた、そんな気がしていた。 呪い解くこと叶わず、このまま命が尽きることになれば、彼らとの絆も絶える。それはもちろんひどく悲しいことだが、いつか幼い頃に考えたのと同じように、今ここで彼らと共にあることの幸せに比べれば、なんと贅沢な悩みだろうと思う。 あの日あの酒場でセラの横顔を見つけ、イーガーらと再会し、彼らは再び同じ時を刻み始めた。 あの時のセラの驚いた顔を・・・今考えれば、割と無表情なセラの中でも珍しい一面だったと思う・・・思い出して、つい笑みをもらす。 セラもティーナも、この旅で随分と変わった気がする。 ティーナはみんなから勇気が与えられてるとはっきり態度に出ているし、セラもほんのわずかだが物腰が柔らかくなった・・・のは気のせいだろうか? 二人のことを思い浮かべて、脳裏に二人の鮮やかな金髪が広がった。そして次に考えたのはかつて彼が告げられた予言のことだった。 「金の髪の少女」 こうも身の回りに該当者が続々出てきてしまうと、さすがにどれが本物か?と問い詰めるのも意味がない気がする。 予言の少女でなくともティーナもセラも大事な仲間で、それで充分だった。 コリンは不意に息を止めた。 (仲間・・・なんだろうか) 目線を下げ、考えこむ格好になる。 吹きつける風が剥き出しの背中に触れ、いつのまにか冷えていた肩を震わせる。 思い出したのは、酔いつぶれて宿まで運んだ、あの日の彼女。 彼女も重い十字架を背負っていたことを、仲間たちは先日、彼女のかつての仲間と戦って知るところになった。 かつて命を落とし、名前を捨てた彼女。 これから確実に命を落としていく自分。 対照的で、どこか同じ匂いを持つ魂の自分たち。 これまでの彼女の苦しみがどれほどのものか、仲間である自分たちにもその真実は決してわからないが、なんとなく彼女も自分に対して「同じ痛みを、似たような苦しみを持っている」 ことを肌で感じているんじゃないか?そう思える瞬間がある。 お互いが相手に対して抱いている、この微妙な感情は、果たしてなんと呼べばいいのだろう? 隣の窓に視線を移した。風通しのためかほんのわずかに開いた窓の奥に、彼らにとっての大切な二人の女性が眠っている。 みんなはどう思っているのだろう。 ティーナを守らなければ。それは全員が迷わず一致していることだ(特にナトは)。もちろんコリンもだ。 だが。 ・・・中の見えない窓を静かに見つめる。 ―――いつまでも口には出せないけど。 僕はたぶん、きっと・・・―――
|