超弩級B〜隣り合わせの未来
あれがたとえ夢だったとしても、
その夢に直に触れ、体験した記憶は、永遠に僕の手の中に。
さすがに慣れた道とは言え、これほどの深い霧は珍しい。
目を閉じるとありありと脳裏に描けるくらい、ここの道は身体に染み込んでいる。
その僕でさえ無茶をしない程度に峠を上っていたその日、僕は思わぬ出来事に出会った。
霧を無事に抜けた僕は、目の前に広がるありえない風景に10秒ほど絶句した。
今日は確か大学の友人が夏休みで帰郷してきた、その第一日目のはず。
だが周りに、なぜか燃えるような紅葉が彼方まで広がっていたのである。
(あ、一台来る)
振り向くと、この紅葉にも勝る真っ赤な四駆が、 見事なコーナリングでぐんぐん迫ってくる。
僕の目の前まで来ると、あまり若くない運転手の顔が見えた。
こんな中腹に一台停車してるとは思わなかったらしい。こちらに寄ってきて、同じように停まった。
・・・この型、そんなバカな。
その車を、僕はとても良く知っていた。
だがそれは僕の部屋の本棚、『昔懐かしの名車たち』の一ページにモノクロで存在している。
・・・そう、今この時代には現存しないはずの、もう数十年も昔の車種だったのだ。
「きみ・・・このへんでは始めて見るね」
「え?」
「それにその車、始めて見るけどずいぶん斬新な形だね。どこか海外のメーカーの車か何か?」
僕は驚いて何か言おうとして・・・言葉が出なかった。
僕の車はそこそこ速くて(でもとびきり速いわけでもなくて)、割と安価なため数はすごく出まわっている。
一般人だって見たこと、聞いたことが一度くらいあるこの車を知らないなんて、時代遅れもいいところ・・・
時代遅れ?
僕はそこで引っかかるものを感じて、逆に聞いてみた。
「あの、それよりもあなたの車、ずいぶん古い型なのにすごく大事に乗ってるんですね」
「古い?バカなこと言わないでくれ。私がお金をため続けて去年買えた、
正真証明の新型の新車だよ。何か他の車と勘違いしていないか?」
僕は頭を殴られたような衝撃を受けた。
突然きょろきょろしだした僕を、その人は怪訝そうに見つめる。
「ん、どうしたんだ?」
その問いには応えず、僕はやっと気付いた。
この道は二車線なのに、まだ整備がおいついていなくて路肩がひどく適当になってる一車線だということ。
崖を下にあるはずの街並みは、収穫時期が間近に迫った稲の穂先で一面輝く黄金色の田んぼであること。
・・・どうやら、僕がいるこの時間が、遥か昔に遡っているらしいということを。
その人が乗ってる僕にとっての『宝物のような車』に近づいて触れた。
指先から目に見えぬ感動が全身に行き渡るのを感じた。そして無性に好奇心が沸いてきた。
走ってみたい、この車と一緒に。
「あの!ここから上まで、一緒に走ってもらってもいいですか?」
突然の申し出に驚いた表情を見せた相手は、一瞬僕の車に目をやった。
同じことを考えたのだろうと、すぐに気付き・・・次の瞬間、その人は不敵な笑みを見せて言った。
「私は、速いぞ?」
時代に裏づけされた、車のハンデがあることを、その人は知らない。
僕はその自信に「僕も負けませんよ?」と笑って応えた。
走り始めると、前をいく車は決して時代遅れではないことを証明するような速さで、
僕は冗談抜きで本気にならなければならなかった。
走る後姿が印象的で、パワーにも無駄がなくて、さすが後世まで語り継がれる車だ、と心底思った。
山道も後半にさしかかり、連続コーナーが一番きつい地点にさしかかると、
またあの深い霧が立ち込めてきて、 一つ向こうのコーナーの先に相手の車を見失ってしまった。
「あっ!」
霧を抜け、山頂近くにあるゴール地点が見えた。
景色が一気に開け、また夢の世界に飛びこんだかのように僕は目を見開いた。
見なれた道、晴れ渡る澄みきった夏の空。
・・・その景色の中に、追いかけていたあの車の姿はなかった。
山頂に車を停め、走ってきた道を見下ろした。
さっき見たあの紅く燃える山の景色が、瞼の裏で目の前の風景と重なり合う。
またあの曲がり角の向こうから、見えてこないだろうか?
僕はそう思いながら、長い時間そこにたたずんでいた。
後日。
たまたま棚の整理中に見つけた去年の車雑誌に、今僕の乗っている車の開発談が掲載されていた。
『若い頃、すごい奇抜な形をした車と走る夢を見ましてね。
当時この形だったらとても受け入れてもらえなかっただろうけど・・・
今の時代なら案外合うのかなと、それを思い出しながらデッサンしてみました』
そのラフ画の背景に、どこかで見たことのある景色が広がっていて、僕は思わず笑った。
モドル