弩級〜彼の無限大な日々



「そんだけ車に金使ってんだろ!?速くて当然じゃねーか」
「確かに速ぇけど・・・あいつに限ってはそれだけじゃねーよな、やっぱ」
オレにはその時、先輩の言葉の意味はどうしても理解できなかった。



オレの地元には、有名な峠のバトルスポットがある。
中学の時近所の先輩に連れられて、初めて本気のバトルを目の当たりにした。
高校を卒業し、安いながらも自分の車を手に入れた頃・・・あの男が街に来た。

車の格も、速さも桁違い。

走り出したその男は、一年とたたずして「撃墜王(エース)」と呼ばれるようになった。
この峠の下りで、3分切れる唯一の男。
無敗を誇り、信者が日に日に増える中、オレは一人、
「結局、速いのは車なんだ」と、冷めた目でヤツを見ていた。



で。ある日オレはキレた。
「オレと勝負しろ・・・って言っても負けるから、その車に乗せろよ!」
みんなに笑われ、止められても、気が済まないんだから仕方ないだろ!?
ヤツは珍しいものを見るような表情をし、少しの間を置いて爆笑した。
なおも腹を抱えつつ、オレに言った。その目は笑いつつも鋭い光を放つ。
「いいよ。中盤のストレートなら、全開で踏ませてやるよ」
「お、おう!じゃあ乗せてもらうぜ!」
強がってるのがバレバレで、先輩やダチ連中もみんな爆笑。
・・・これでオレが速かったら、後で派手に文句言ってやる。



「じゃあここから、ストレートエンドまで・・・余裕があったら、左の谷底カーブまでクリアしてみなよ」
挑発するような文句にカチンときたが、今は何も言わなかった。
そうして、オレはアクセルを踏んだ。
予想通り・・・いや、それ以上にとんでもないモンスターカーだった。
慌ててハンドルを握る腕に力をこめるが、意地でもアクセルは抜かなかった。
速度計は3速に入れただけで振りきっていた。
・・・なのに。

もっと踏んで

惚れた女の声みたいに、オレの耳元に届くささやき。
声に導かれ、腕も足も硬直したまま、車はひたすら加速しながら堕ちてゆく。
抗えないまま、それでも心は叫んだ。・・・限界だ!



―――ダメよ。もっと・・・もっともっと!



「やめろ!!!」

現実の声にオレははっと我に返った・・・眼前には、絶望的な速さで迫る魔の谷底カーブ!
「きるんだ!」
今度はその声に身体が反応した。
ハンドルを切った瞬間全身の強張りは解け、今まで走り続けた記憶が自然にサイドブレーキを引いていた。
車は止まった。ガードレールへの紙一枚のすきまと、 アスファルトに焦げた臭いを残して。



―――車が速いことがすべてではない。
ハンドルにもたれながら、オレはようやく理解した。

速さは麻薬だった。
速ければ速いほど、それを支配しようとする者には大きな代償を求めてくる。
支配することがどれほどのことか・・・オレは身をもって体験したわけだ。







「ってなわけで、見事に惨敗☆」
いっそ清々しく、オレは心配そうな先輩たちの輪の中に戻っていった。
・・・コースの残りは車の持ち主による本気アタックを傍で体験させてもらい、あまりの腕に感動した。
「オレ、今日から弟子入りする!」
ふもとで車から降りた直後そう言ったオレを、男はやっぱり珍しそうに見て爆笑した。
先輩方も盛大に呆れて・・・心配してたのにこんな調子なら、そりゃ怒っても仕方ないか。
オレの頭を殴るわ、後ろから蹴飛ばすわ。
「お前どこまで懲りずに・・・底無しのバカだろ!しかも弟子入りって、どっかの道場かよ!」
「先輩頼むって!これ以上殴られたらオレもっと頭悪くなっちまうよ」
「もう悪くなりようがねぇから心配するな!」
「・・・また一緒に乗ったら、俺は今度こそ崖に直行かなぁ・・・」
「そうそう。ただでさえ年中うるさいし、腹立ったらハンドルぶん殴るわアクセル蹴っとばすわ。
絶対断っといたほうが・・・」
「先輩、マジ頼むから師匠に余計なこと言わないでくれよぅ」
「「もう師匠呼ばわりかよ!」」



後になって、なんとなく言ったことがある。
「オレも師匠を慕う連中と変わんねーよな、良く考えてみたら・・・」
そう聞くと首を振って否定してくれたけど、何か少しだけ寂しそうだった。
「・・・真剣に追いかけてこようとするヤツって、意外と少ないんだよ。どっかで諦めちゃったりさ・・・
最初っから速いヤツなんているわけないのにな」





オレは念願叶ってここで3分を切ることのできる歴代二人目になるんだけど、
それはまだ当分、先の話。





モドル