中級〜偶然のDouble





友人は名残惜しそうに、桜の木を見上げた。

春に咲き誇り、緑になって再び眠りにつくまでの季節を何度も並んで過ごした友は、
このつぼみが花開くころにはもう、この街にはいない。







友を桜の下で見送った、あれから三ヶ月が過ぎた。
向こうで公園なんて名のつく場所は、せいぜい団地前の子どもたちの遊戯場が関の山。
同じものを求めることは無茶だと知りつつ、それでも探さずにはいられないらしい。

―――やっと湖見つけたけど、見かけ倒しの車とカップルばっか。勘弁してくれ・・・

そんなメールが届くのは、いつも日曜日の朝方だった。夜中中探し回っているのだろう。
だがそれもいつしか途絶えがちになり、諦めたのかと思い始めた、そんな矢先のことだった。



その日は桜が満開だった。

あれ以来何となく遠のいていたが、久しぶりに朝方まで、一人で何度も桜吹雪の中を走った。
月明かりが湖に映り、波打って、花びらと溶け合う。
そんな景色を横目に車を流している・・・それは極上の時間、至福の瞬間だった。
久しぶりにも関わらず、彼は自分でも驚くほどの集中力で、ただひたすらアクセルを踏み続けていた。






空が紫色に染まる頃、彼は桜並木の真ん中で車を停めて湖を眺めていた。
絶好の天気と、満開の花と、貸切りの開放感が彼に時間を忘れさせていた。


「・・・メール?」


こんな時間に?と耳を傾げたが、耳慣れた着信音は他の誰でもない。
開いたら、本文も、題名すらなかった。無造作に、添付メールが一つ。
送られてきたのは、携帯で撮られたどこかの写真だった。
なかなか表示されないもどかしさに頭をかき・・・その手が思わず止まった。

わずかに違うのは、ガードレールと地名を示す小さな看板。
だが、左右から彼らを迎え、アーチのように広がる桜の木々。
向こうに何があるのか、その目で確かめずにはいられない花びらの彼方のゆるやかな右カーブ。
そして傍らに映るどこかの水辺から、そこに輝く銀盤の景色まで。

・・・それはこの場所を見て描かれた、完成された絵画を見ているような気分にも似て。

思わず携帯から顔を上げて、あまりにも走り慣れてる風景を見上げた。
知り尽くしてるからこそ、写真が本当には違う場所だとわかる。
現実に、どこかにある、もう一つの景色だと。



もう一通、メールが飛んできた。今度は文面だけだった。



―――ここはすごい。まさかこんなに似た場所で走れるなんて予想もしてなかったよ。

これは、いつの写真だ?

―――ついさっきだよ。もう今までずっと夢中で走っちまった。

オレもたまたま、久しぶりに思いっきり走ってた・・・この写真の風景の中でな。

―――そっか・・・どっか近くにお前がいるんじゃねーかって思ってたけど、錯覚じゃなかったんだな。



双子のような場所と、共に走った時間。
その奇跡を何と呼んでいいのかわからない・・・だが。
また一緒に走れるなら何でもいい、彼らはそう同じように思った。



―――もう一本走って帰るわ。明るくなってきたしな。

オレもそうする。じゃ、また。

―――ああ、またな。





迎えてくれる桜たちに、遭いにいくために。
二人は同時にアクセルを踏んだ。









モドル