超初級〜やくそくの曲がり角
きっと、オレがお前の分まで走るから。
誰よりも速く走るから。
三年前の秋。
ある夜に、この街で一番と二番を争っていた、二人の男の車が接触した。
夜にも溶けるような黒一色で、まるで羽でも生えてるかのように駆ける「黒い天使」と呼ばれる一台と、
真夏の晴天よりも、なお鮮やかな青を輝かせる「ブルーフェニックス」と呼ばれた一台だ。
「ブルーフェニックス」は、もう無い。
三周目の最終コーナーで互角に走っていた相手に、オーバースピードのままアウト側に並んだ。
いつもの彼ならば、一瞬退いてストレートに勝負を持ちこんでいたはずだった。
なぜかその日は頑としてそのラインを譲らなかった。
「黒い天使」も「ブルーフェニックス」につられた結果、二台は限界を超える速度でコーナーに突入した。
未知の領域でのハンドル操作。
インを走っていた「黒い天使」が、わずかに・・・ほんのわずかに外に膨らんだ。
それがあの夜のすべてだった。
あの日の走りを、「黒い天使」の乗り手は今でもはっきりと覚えている。
事故の後に会う人すべてに訊ねられた。
なぜ三周目のあの時に二人とも譲らなかった?
・・・理解してくれる者は少なかった。
共に走っていた彼だけが、青い乗り手の心を知っていた。
まっすぐに誰よりも速く走ること。
最高のスピードを得ること。
一番単純なそれだけを、強く、誰よりも強く求めていた。
そしてあの夜に、二人並んで得たあの速さ。
それが彼らが望んでいた「唯一」であり、
それゆえに譲れなかったのだということを。
もう一度お前と走りたかった、とは言わない。
ミラー越しにぴたりとつけてる不死鳥は、
今も変わらず、そばに見えるから。
そうして天使はまた、あの曲がり角に向かって駆けてゆく。
あの日届かなかった世界へ。
その手で掴めそうだった世界へ。
・・・二人で約束した、他の誰も見ることのない世界へ・・・
モドル